頂いたご相談はこちら
こちらでは約1年半前から、相談員をさせてもらっている。
そもそものきっかけは仕事に悩んでいた時期に保育園の転職を考えていたため、就職に多少有利になるといいな~という、逃避的な理由からだった。

ココは保育サイトなので、私が普段出会う患者様の“その後”みたいな相談が圧倒的に多く、自分の知識不足を毎度痛感させてもらっているが、園長先生や保育士さんや先輩ママが沢山いて、様々な角度から回答される文章や表現に、いつも学ばせてもらっている。
気付いたら自分の将来への投資を兼ねていた(笑)
もちろん、ちゃっかりと友人にも紹介したり、また逆に相談させてもらったりしている。

担当者の方がML(メーリングリスト)を使って相談を送り、希望相談者が考えて回答する形となっている。私は専門である食の相談がよくやってくる。
時々「なぜ私を?」という相談もあり(トイレのしつけとか)回答に悩む事もしばしばだが、おもいだしたり調べたり、友人や親に相談しながら楽しませてもらっている。

そんな中、今回の相談には久々に胸を突かれた。
文章から、心の痛みと叫びが聞こえた。
私は希望相談者ではなかったのだが、書かずにはいられなかった。
つたない文章で恥ずかしい限りだが、思うことを素直に書いた。

身近な人に、死産した方がいる。
その方は、7年越しで望み続けた初めての妊娠で、産休に入った2日後の34週(妊娠8ヶ月半)で突然死産となった。理由は未だに分からないが、心臓が止まってしまったのだそう。
私達も妊娠を大喜びし、出産準備に忙しくも楽しそうに過ごす彼女を見て、幸せを分けてもらっていた分、ものすごく落ち込んだ。

私は職場を代表して、入院している部屋へ出向いた。
赤ちゃんは眠るように、母親である彼女のそばに寄り添っていた。
生きていないのが不思議なくらい、安らかだった。呼吸がたまたま止まっているのか?と思うくらい。
顔がやや赤く、吸引分娩(※出産は赤ちゃんと母親の共同作業なので、赤ちゃんの協力が得られないために行なわれるらしい)のためか頭がやや細長い状態だったのは覚えているが、本当に可愛い女の赤ちゃんだった。

こういった場合、どんな言葉も救いにはならないかもしれない。
また救いになる言葉もあるのかもしれない。
それは、その痛みを経験した人にしか、分からない。
何を言ったらいいのかしばし悩んだが「忘れ物を取りに戻ったのかも・・・」と言ったのを覚えている。とにかく、貴方と赤ちゃんのそばに私の気持ちはあるから、ということを伝えるのが精一杯だった。
その後、言葉通りになったのか分からないが、双子を妊娠し、ハイリスク妊娠だったため早産だったが無事に二人の男の子を出産し、今では大忙しの毎日を送っているらしい。
神様っているんだな~とぼんやり思える出来事だった。

昨日、たまたま立ち読みした本に「流産・死産・新生児死亡への関わり方と心のケア」があった。
医師や看護師、助産師が文章を書き、また体験談として双子を一度に死産された方が文章を書かれていたり、出産後1週間以内に亡くなってしまった赤ちゃんの事を書かれていた。
読む度に心の痛みが胸を突いて、涙が出そうになった。

死に向き合う事は、非常に辛いことではあるが、残された者の為すべき事でもある。
色々な考え方があるだろうが、私は死について、肉体の死、だと思っている。
なぜなら、色々な想い出がそれぞれの心に残って、生きていると思うから。
そう思うことで、気を紛らわせているのかもしれないが、

“忘れない”

ことが、大事だと思う。

生きていても、忘れられてしまったら、死と同じかもしれない。
そんな心の苦しみを持つ人は、今増えつつある気がする。


今日、担当者の方から、相談された方のお返事を頂いた。

「メッセージを読んで何か胸に詰まっていたものスッキリしてきました。
 生きることのできなかった次男がお腹にいたぬくもり・胎動ずっと忘れません。
 まだ時々思い出しては泣いていますが、これも供養だと思うようになりました。
 次の妊娠のため環境を整えて心身ともに健康でいられるよう努めたいです。」

お返事を頂けたことで、逆に励まされた。感謝。少しずつでいいから、元気になりますように。