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今日はお休み。万博に行く途中、熱田神宮へ立ち寄った。
以前来た時は夕暮れ時で、レンタカー返却時間ギリギリで急いでいたから、一度ゆっくりお参りしたかった。

境内は優しい風が吹き、青空の下、新緑が眩しく輝いていた。
整然となっている砂利道は日本人の美的感覚のひとつかもしれない。
とても清々しい気持ちで散策した。


お参りを済ませ、お約束のおみくじを引く。
結果は「吉」だったが、なかなか良い事が沢山書かれていた。(詳細は内緒)

「月の満ちるが如く次第に望み叶う。但し満ちれば欠けるの例え有り、奢ることなく日夜努力すべし」

には妙に納得。
普段は満ちる(願いが叶う)ことを望んでいるが、満ちて(願いが叶って)しまったら終わりなのだろうか。
満ちたら今度は、この幸せをいつか失ってしまうのかも、と漠然とした不安に襲われることがあるかもしれないし、幸せに埋もれて欲の塊になってしまったりするのかもしれない。
幸せは、尽きない欲望なのだろう。

私がこの仕事を選んだ理由は単純すぎて、たいていの人は呆れるだろう。
友人や実習生から聞かれる度に、まったくもって進路選択の参考にはならないと自負している(笑)

高校2年の時、この時期に出会った方の一言で「(現在の職場に)就職したいから」栄養士になろうと単純に決めた。他の道など、まったく考えなかった。
まさに直感、という言葉が当てはまる。(※勘違いも多少あれど、直感はわりと当るほうですが)

両親はどちらかというと「向いてない気がする」と言い、私の進路選択を喜んではいなかった。
確かにお菓子作りや食べる事、食材への興味は強かったが、料理が大好き!という人では決してなかったからだ。
むしろ事務や細かい計算がわりと得意なので、生徒会で会計を1年半も続けて学校を牛耳ったり、サークルや委員会を立ち上げ運営したりしていたから、事務系が向いているかも、と未だに思うことがあるくらいだ。
実際働いてみると、栄養士は事務仕事もかなりあるので、飽きっぽい私には事務だけでなく調理、指導、企画、給食経営など、様々な業務を経験できるので非常に楽しい(もちろん忙しいが)。

両親は一度反対したものの、心の底で「自分達ができなかった分、子供達には手に職を持ってほしい」と願っていた、と最近聞いた。お陰で兄弟全員それぞれ違うが、一生使える仕事の資格を持つことができた。

高校時代は人生最悪の成績をおさめたが学年最高の内申点でなんとか卒業し、短大は人生最高の成績をおさめ、そして運良く現在の職場へ就職させてもらったので、私の望みは叶えられた。
おみくじ風に言えば「月が満ちた」のだろう。

しかし、もうひとつの資格を取得した直後から、先の進路を5年くらい悩んだ。
その時期は私にとって「満ちれば欠ける」だったのかもしれない。
でも、欠けたことでまた満ちるための方法を探すきっかけになった。
そして今の自分と、スタンスがある。

現状に満足しないで磨いていきたい、と先日も書いた。それはこれからも同じ。
奢る事なく日夜努力か・・・その通りだ、ぼちぼち頑張るか、とまた手綱を締めた。



「足るを知る」

という、京都のお寺で有名な、好きな言葉のひとつだが、今はおみくじの言葉のほうが自分に合う気がした。