今回は画像無し。
 アタシはこう見えて以前はご先祖様と話ができる特異体質だったんですよ。
 
 でね、よく夜中にご先祖様に説教されてた。
時代劇の劇画家の「平田弘史」さんとメールのやりとりを「サムライ言葉」でしていたときも、普通にすらすらとやりとりできたので、感心されていたくらい。

 無の中で生きよと。無なることを考えよと。人に説教するなと。
今、生きてることは我ら先祖の代表としてうつせにいるのだと。
 その重さを一身に背負い、それを無なる境地へと高められたときに我らは救われるのだと。
因果応報、その最先端にいるアタシ。

 解ったような解らんような。
布団に座らされて怒ったような顔でいろいろ諭して頂きました。

 あるとき、あるお寺の本堂に座ってご本尊様を眺めたときにハッとしました。
お不動様のお顔に浮かぶ無慈悲の慈悲の色。
 あの、ご先祖様にそっくりでした。
 
 何か、縁が有ってお不動様とお話ができてとても嬉しく思ったのが・・・
今から30年近くも前。
 
 それから、ずっと暖かいお不動様の憤怒のお顔に守られているような気がします。

てね。まぁ父性の象徴であるお不動様。父のいない私のあこがれが具現化したのかも解りません。
 犬山のお不動様、槙尾山のお不動様(満願寺)、波切不動様(高野山)。。。
今まで、印象的なお不動様に会いました。
 そして、今もまだアタシの家の中で、お不動様が無慈悲の慈悲のお顔で私を守っていらっしゃいます。
 
 まだまだ、死なせて頂けません。(笑)
頑張らんとね。