心の場所をお持ちだろうか。
「そこに行くと何故か心が落ち着く。」
「癒される。」
「何かのたびに、行きたくなる。」
「呼ばれていると感じる。」

 そんな場所。
神様掛かりでも良いし、仏様掛かりでも良い。
 いろんな人の思いがそこにはあるから。
  魂が寄り集まる場所って言うかな?

 メンタルケアをするのには、もっと哲学的、もっと学問的で有っても良いと思うのだが。
スピリチュアルとまではいかずとも、そういうところは必ずあると思う。

 私?
有ります。
一つは「高野山」
一つは「伊勢神宮」
 共通することが一つ。(神様、仏様事を除いて)
 それは、「侵されない自然の中」

 高野山。
仏教の聖地とも言われるが、そうではない。
ココを拓いた遍昭金剛が最後に言いたかったのは「無」(む)

 これはスゴい。
高野山にいってみると、それが良く解る。
 仏教の聖地で有りながら、そこには厳然たる「無」が存在する。
無が存在とはおかしな話だが、「無」と言う実感があるってこと。
 
 特に、つまらない「宗教」或いは「哲学」或いは「考え事」 等は「無」だと想われる。
想うと言うより、感じる。

 さて。
そういう「無」というものはどういったところから感じるか。
それは「大きな侵されない自然の中」と言う事実が大きなウエイトを占める。
 自然の中にいると、上のような、人間が頭で考えるような不自然でちっぽけな事って言うのは、本当につまらなく想えてくる。
 大きな自然に比べて、人は、自分を見たときにとてもちっぽけに感じるのだろう。

 そこが、人の魂が寄り添う場所ならなにをか況んやである。
 
 私が生涯の友情を誓う人間が言う。
「頭で考えるな。心で思え。」