経歴について結構質問多いので、blogにも書こうと、ふと思いました。
青森県上北郡野辺地町に生まれて、地元の高校卒業後は、栄養士過程を学びに青森中央短期大学を卒業。
その後、大手エステティックサロン、TBCグループへ入社していました。
現在の自宅サロンYufla(ユフラ)をオープンする前の元職場は、今はローラのCM。
昔は、木村拓哉やベッカムをCM起用して話題になった、エステティックTBCに、12年間勤務していました
会社にいた頃は、大手だからこそできる、安心安全なコース提供、クリニックとの提携など、かなりTBCという組織、会社の名前に守られながら、働く有難たさも感じることが出来た時には、もう、独立することのイメージはしっかりと頭に浮かんでいました。
本当に、辞めると決めた時に、ありがたく思えたんです。
そう。親の所離れるときに、有難かったなぁーと感じる感覚ですね。
いつもは、イライラしたり、もうやだ!って思うけど、いざ離れるときに有難いなぁーって。
まあ、具体的にではなく、辞めてエステも自分でやるのもいいかなぁーって、妄想だけの夢物語の時には、上司に対して不満、会社に不満もたっぷりありましたがね
今振り返ると思い出になり、笑える様な出来事になっていますが、あの頃は、会社に対しての怒りとか、不満とかを真剣に、どーしたら訴えれるかとかまで思ってました(笑)
ベッカムの広告代かけるなら、お客様のエステの代金安くしてあげればいいのに!!とか、残業代もらえないのになぜ、有名人起用するの?とか。
若かったな。。。
組織や社会への反発。でも、行動できないからそのままの場所にいる。
若いからこそ、不満や怒りはあるけど、
でも、欲しい服、バック、化粧品、オシャレも遊びもあるから、すぐ辞めれないし。とか矛盾した怒りですね
エステの代金に見合う技術にスキルを高める事がてきてないから、お客様に満足してもらえていたら、営業かけたときに、高いですねー。。。って断れれていた自分へ怒ればいいのに、
怒るポイントは、会社は広告代をかけ過ぎ!!とか、そこに怒るってことは、出来ない自分を認めたくないからなのに、会社や組織のせいにしていたんですね
お客様が、エステの値段が高いと思ってしまうのは、そこまでの、技術や接客、営業と振り返り、見直し、修正し続けましたね。
まあ、未払いの残業代金も、もらえないっていう怒りも、結局は、上司と向き合うことから逃げてしまっていたからだなって。
今になって、きちんと相手へ、どう考えてどう思っているかを、話し伝えることの重要性をわかることができました。
言わなきゃ伝わりませんからね
でも、スキルをあげるために!!と、がんばって、とにかく頑張ったんです。
売上も、技術習得も、新人教育も。
朝7時半から8時にはサロンについていて、から夜は、11時前後まで働いてそれで、体調も崩したり、エステで美容をアピールしなきゃなのに、自分がボロボロになりかけていた時も。
ボロボロだった時代は、プライベートもボロボロで大変でした。
叶わぬ恋したり。。。
恋と吉田寛子はまた別の記事に♪
話は戻り、自分でサロンオーナーとして、独立してサロンをすることも、振り返ってみると、宣言して、入社していたんですけどもね
そうです。宣言して、入社してました(笑)そんな人って、他にいたのかな??
普通タブーですよね?!
大手エステに面接で、独立します宣言(笑)!
言葉にしてると本当に、叶いますね
私は、あまり過去は忘れてしまう方なのですが、不思議なことに、いまでもしっかり覚えている事。
それは、TBCの入社面接を受けに行った時の事。
しっかり覚えているんです。
「この会社に何年いたい?
将来の希望、夢はある?」
今になって思う事なのですが、きっと、面接官は、将来、店長になたいか??とか、スキルアップについての質問ですよね。
あと、エステは女性の仕事なので、結婚して続けたいかとか。そんな感じの意味で聞いたはずかな?と。
私は、その答えを、
「10年働いたら、独立して、自分でエステのお店を持ちます。」って宣言した記憶が残ってるんです。(笑)!
面接官が、(のちに、その方は、新人研修の時に、指導員でした。)
え?!10年も働いてくれるの?
そして、独立までもう考えてるの?
とびっくりしていたからね(笑)!
まあ、そんなこんなで、運良く大手エステへ入社してから、エステの会社の社員継続の難しさは、同期の数々の退社だけでなく、先輩、後輩の退社を何名も見てきました。
だから、面接官もそんな、質問だったのかな??と。
本当に、しっかり考えていた訳じゃなくて、漠然と、そうなったらいいな~。
って想いが、ビューンって感じで、頭に答えが降りてきて、特に計画もなく、ポロリと、あっ!言っちゃった
最後に、ネタのような、事実がひとつ。。。
面接は、合格です!と数日後に電話が来ました。その面接官からの電話。
その後の一言。。。
一般常識問題がね、基準に到達しなかったから、その、筆記だけ受けにこれる?筆記テスト受ける気があるなら、本当に合格出すよ!って
はい。もちろん、勉強必死にして、テストだけ、もう一度、受けに行ったんです
仙台の東北北海道支部に。
たぶん、面接じゃない日だから、ロッカーの用な所で、筆記テストしましたよ
2回目テスト落ちてたらどーなったことやら(笑)!
また受けさせてくれるの?!って衝撃でしたけど、面接は良かったのかな?と(笑)
ポジティブな私でしたよ
ネガティブ時代の吉田寛子についても、沢山ありますが、ひとまず今日は、このくらいで♪
昔話でした
