おはようございます。
年末、Twitterの占星術関連の方が
「月」について、いろんな意見を交わしていて
私もいろいろ考えていました。
しかし年末だったので、ほとんど呟けず。
事の発端は、マドモアゼル・愛先生が
とブログ記事を書かれたこと。
それに対するTwitterでの
鏡リュウジ先生、ネプチューン先生、
いけだ笑み先生などの反応は
月サインについてのマドモアゼル愛先生ブログから派生したいろいろ
に、まとめてくださった方がいます。
では、私が感じたことを
年末Facebookに備忘録であげたことを使って
書いてみますね。
「月はまやかし」
と愛先生がこれとは別の、月の記事で書いていました。
私自身は、愛先生が書いていることほどには
「月は欠損で、完全にないもの」
とは考えていませんが、
私が伝えている心理占星術や
師匠である関口シュン先生の講座での月のお話を振り返ると
「月は何でも吸い込む性質を持っていて
それが無意識の中に入っている。
月は肉体であり、土台になるものだけど不安定。
だから、月ばかりやっていると発展性はない。
月だけは成長しないから。
いずれはみんな、太陽へ向かおうとする」
なので、月にこだわり続けてしまうと
延々と同じパターンを繰り返して安心、
同質のものだけを好んでそこから抜け出さない、
というのはあると思っています。
ノエル・ティル先生の心理占星術では
「統合的欲求」と月を定義します。
なので、「あるかないか」という議論より
「その人が欲求として持っているもの、
無意識にそうであろうとするパターン
(大体親から引き継いでいる)」
ではないかな、と私は思います。
それを「まやかし」と表現するのであれば
そうとも言えるし、そうでないとも言える。
無意識に吸い込んだパターンが月で
それを繰り返すことを欲するならば
確かに、それは自分自身なのか?
という疑問は出てきます。
ただ、やっぱり、まやかしかどうかは別として
ここが満たされていないと、次に進めない、
という意味では、土台にはなっていると感じます。
月は太陽の光を反射しているのですよね。
だから、15歳~20歳くらいまでやってきて
やっと「親の影響」というものを感じ取って
「自分が自ら放つ光とは?」
に意識を向けると、太陽の方、発展や成長へ
つながっていくのかな、と思います。
その意味では、「月は影」ともいえるでしょうね。
月は同質であることを求めるので
自分の意志というよりは、
周りのパターンを写し取ったもの、
そこから生まれてくる欲求なのかもしれません。
愛先生の「まやかし」を
自分の個性ではなく、周りのパターンを模倣しているのだ
と考えれば、確かにそうとも言えるでしょう。
私は、水沢くらげさんがこの件で書いていたことに
すごく共感しています。
ブログにまとまっていましたのでご紹介。
私は、くらげさんの
「先を考えずただ子供だけ守って形振り構わず全力疾走してたら
結果として自分の癒しになった経験があって…
これ自分の月を守ってたら無理だったと思う…
自分の月を捨てて子供時代のルサンチマンや
古い習慣を捨てて、本物の我が子…太陽で象徴されますかね?
自分の外部の月と言っても良いよ…を守り抜けと、
そういうメッセージのように勝手に思っちゃうんだな~私。」
に、とても共感しました。
自分の月が満たされているのは大事だけど、
月ばかり見ていると、傷ついた過去を
思い出してしまうんだと思うんですよね。
太陽を生きよう!と決意した時から、
不思議と月の傷も癒されていく現象が起きる。
私の感覚では
「月はまやかし」
とまでは思わないけど、
「私はこうだから仕方ないんだ」
と月のパターンにとらわれてしまったら
そこからの成長や発展は難しい。
くらげさんも似たようなことを書いてましたが
「かぐや姫」みたいに
私は月に帰るんだわ
と思っていると、それが邪魔することもあるから
土星っぽいけど
「この今、目の前にある現実を受け入れる」
その方向へ行こうよ、
その時に太陽の、こうなりたい、こう在りたい、
という意志が、自分を動かしてくれるよ、
ということじゃないかなって思っています。
年末、そんなことを考えていた
まぎれもない、占星術ヲタクな私です。
しかし、完全に乗り遅れてるけど(笑)
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