大津市島ノ関駅徒歩2分、
びわ湖近くの
整いサロン
サロンミルテyukoです。
元鍼灸師、大手エステを経て
大津市で
ひとりサロンをしています
鍼灸・フェイシャル・ボディ
フットツボリフレクソロジー
ヘッドストレッチ
CS60
スキンケア&メイク
などの施術やレッスン
マヤ暦・占星術
などを用いての
ライフコーチングセッションなど
その人に合わせた施術やセッションを
その人に合わせた
オーダーメイドを
ご提供して
全身を整えていきます
本格的に
占星術を学びだし
本来の自分を
見つけることで
自分で自分を決めることが
できていく
を日々体験してきた
私を通しての
気づきと
日々の学びを
シェアしていきます
初めての方は
コチラ
⤵
サロンメニューは
コチラ
⤵
今日はちょっと初の試み
投稿ネタから書いてみます
こちらでも
良く書いているように
映画(ドラマ)・音楽・本
この3つが私の基を創ってると思う
この3つは私の中の
想像と言う名の妄想を
刺激してくれる存在なので
多分人生が終わるまで
ずっと側にいるはず
中でも映画は
視覚から入る分
大きな影響を受けやすくて
10代から常に
人生ベストテンがあります
やっぱりその年代で
響くものは違ったりするのですが
わたしを構成する映画となると
案外変わらなかったりします
では
いきます
ちなみにバンバン
ネタバレするので
要注意ね
◎ハロルドとモード
~少年は虹を渡る~
1971年アメリカ
ハル・アシュビー監督
主演はルース・ゴードンとバッド・コート
この映画は
長年カルト映画として有名な作品
舞台化されており
日本でも黒柳徹子さんが
何度も主演していますね
自殺癖のある裕福な家庭で育つ
19歳のハロルドと
79歳ながら自由で奇想天外でユニークな
女性モードとの恋愛ストーリー
というなかなかぶっ飛んだ内容
映画で
モードを演じている
ルース・ゴードンといえば
「ローズマリーの赤ちゃん」で
主人公の不気味な隣人の妻役が
有名ですが
この映画では
本当にのびのびと魅力が溢れた
モードを演じていて
通常ならば
79の老女と19の若者との恋愛なんて
金銭による肉欲とかの
乏しい内容になりそうなものを
79歳なのに19歳のモードを魅了して
恋させるのも当たり前!
と言う気持ちにさせます
ウィットに富んでいて
かつシニカルであり
そして何より生きることを
心から楽しむ術を知っている
シワもあるし
おばあちゃんだけど
それすら魅力に感じる
(ほんと途中から当たり前になってゆく)
そこは60過ぎてから
一気にキャリア上昇したという
ルース・ゴードンならでは
って気がします
裕福な家に育ちながら
物質主義の権化のような母の
過剰で自己中心な愛(と言う名の束縛)
から、独特の厭世観を持つ少年になった
ハロルドはバッド・コート
目玉がデカくてひょろっとした
独特の風貌からか
ロバート・アルトマン監督など
かなりクセ強い作品に
出演していて
彼も独特の魅力がある
決して美少年ではないけど
独特の10代の繊細さと大胆さが
70年代のアメリカンニューシネマに
ピッタリの俳優だったかと
私はこの映画を
小学生の頃に
深夜テレビでの放映で偶然観て
よくわからないながらも
強烈に惹かれた映画で
思春期に大好きだった
熊井明子さんのエッセイで
この映画を絶賛されていて
内容を知って
もう一度観たい!と熱望してたのです
なので2012年にリバイバル公開
された時は3回くらい
通いました
悲観主義で世の中を斜めに見て
悲観的なハロルドを
荒っぽいけどユニークな発想の
モードはどんどん
自分の世界で魅了していく
美しさと豊かさに執心し
老いることを恐れる
母親より
79歳のモードの中に
深い官能すら覚えるハロルド
だけどそんなモードは
かつて
ナチスドイツの迫害に遭った
ユダヤ人という過去があって
その腕には
ユダヤ人の番号が掘られていた
霊柩車を運転するハロルド
他人の葬式に出席するのが趣味の
老女モード
2人の出会いからして
普通じゃない
けど
普通って何?
と思わせられる
終盤
モードが80歳の誕生日を
迎えるのですが
予てから
80歳になったら
死ぬ
と決めていたモード
なかなか考えさせられるラストに
繋がるのですが
これはもう
ぜひ観てもらって
自分の中で
解釈してもらいたい
バッド・コートの
瞳がキーワード
そして
この映画の主題歌を
キャット・スティーブンス
が歌ってるのですが
これがもう素晴らしい!
藤井風ってキャット・スティーブンスと
どことなく似てる気がする
顔だけでなく経歴とか哲学とか
この作品は
彼の唄がまた大きな魅力
ああ書いてたら
また見たくなってきました
DVD買ったのでどこかにあるはず
未見の方は観て~
◎ジャンヌ・ディエルマン
ブリュッセル1080、
コメルス河畔通り23番地
1975年ベルギー・フランス合作
シャンタル・アケルマン監督
主演 デルフィーヌ・セリッグ
この映画
実は昨年観た映画で
しかも全然内容知らずに観て
あまりの衝撃にしばらく倒れるほど
ココロを揺さぶられた作品といえば
長年
「天井桟敷の人々」だったのに
一気に塗り替えられてしまったのです
そういや昨年は
この作品にしろ
1970年作の「WANDA」といい
70年代の女性映画に
脳天やられた年だったな
201分という長丁場であり
またカメラアングルが
基本同じアングルで正面からのを
長回しされていて
ジャンヌという主婦の
1日を追い続けるという
それのどこが面白いの?
ですが
これがめちゃくちゃ面白いんですよ
これは奇特な私だけでなく
英国映画協会が発表する
「史上最高の映画100」で1位を獲得
したことからも
伺えます
朝起きて身支度し
朝食の支度をし
息子を起こし
息子を見送った後
家事を淡々とこなす
これがまた
本当にキチンとして
ルーティーンがしっかり
決まっているのです
夫は既に亡くなっていて
主婦ジャンヌは
慎ましく、丁寧に効率よく
テキパキと動きます
時に買い物に行き
同じアパルトマンの中で
子守りをし
たわいない会話を交わし
食事の用意をし
そして…
ひっそりと夕方
家に客を招き入れ
「仕事」をこなします
そして「仕事」の後
客を見送った後は
すぐに
仕事場の寝室を整えて
ついでに自分の身も清め
お風呂掃除も済ませて
また夕食の支度の仕上げへと続く
夜は決まった時間に
息子と食事
その後は宿題をする息子の横で
編み物や妹への手紙や
ラジオや夜の散歩
そしてまた部屋を整えて
寝る支度
ほぼ会話がないこの映画
1日目が過ぎ
2日目…そして3日目と
過ぎるうちに
少しずつ
彼女の中のバランスが
崩れていくのを
私たちはずっと
同じアングルで観る
主演のデルフィーヌ・セリッグは
アラン・レネ監督の
「去年マリエンバートで」
が有名です
昔観たけどよくわからないまま
終わった記憶しかない
でも本当に美しい女優さんで
この映画でも
身じまいの綺麗な上品なジャンヌを
演じています
端正で無表情なので
余計に少しずつ壊れていく様が
痛々しくも底知れぬ不気味さと
美しさを見せてくれる
シャンタル・アケルマン監督は20代で
撮ったのですから驚きです
しかも当時スタッフは女性が多数で
フェミニスト映画としても
有名らしいのですが
(アケルマン監督は同性愛者だったらしい)
この映画は
元々彼女が母親の家事の様子から
ヒントを得たそう
世界で女性の大半が家事で
人生の多くを割いているその
核心が単純作業の退屈さと
その果てしない反復であるのに
従来の映画では
それらがすべてカットされ
女性の世界を適切に表現していない
という事態を転覆させたかった
そんな想いが
この作品ポイントになったのは確か
私も
家事をしていると
なんというか
その果てしなさに
虚無感が込みあげる
という時があったのを
思い出しました
今日のジャンヌは
もしかしたら
明日の私かもしれない
そう思う女性は
多いと思う
家事と縁線上に
「仕事」としての
「sex」がある
そんな意味も
含まれてる気がします
なので最後に
「仕事」中に
オルガズムを感じてしまった
ジャンヌは
完全に
「キレて」しまう
こちらも
ラストは
なんともいえない
気持ちにさせられますが
無表情なジャンヌが
これまた
ものすごいインパクトを
与えます
シャンタル・アケルマン監督は
その才能を早くから開花されましたが
後年は鬱病になり
最後の作品が興行的に失敗したのを苦に
2015年自死しています
このジャンヌ…の映画の
ドキュメンタリーがあり
その中での若くて生き生きとしてる
シャンタルの姿は
映画で成功する女性監督の
苦悩をまだ知らないようで
なんとも言えない気持ちにさせられます
この映画も
50年前ということを
全く感じさせない魅力と残酷さを
感じます
◎「かもめ食堂」
2006年日本映画
荻上尚子監督
主演 小林聡美・片桐はいり・もたいまさこ
色々迷ったけれど
わたしを構成する映画
というならば
この映画は外せない
色々な意味で私の指針でもあり
ポイントにもなった映画
もう1つ挙げるとすれば
「オズの魔法使い」なのですが
この二作品は
共通点があるのです
それは
どちらも
続けることが
自分を創る
ということ
をきちんと描いているということ
だから何度観ても
励まされるし
希望が湧いてくるし
泣けるのです
大ヒットした
この映画から
北欧ブームが始まり
そして何より
丁寧な生活や
暮らしの大切さ
があちこちで
語られるようになり
そこから
癒し系映画が
次々出来ましたが
この映画
実はそう
癒し映画でもないと
私は思います
いや
昔の私は癒し映画と
捉えてましたが
今は
完全に違うように思う
主人公のサチエは
幼少時に母を亡くし
でもその悲しみを
うまく表現できないまま
大人になった女性
映画では語られませんが
群ようこの原作では
武道家の父に感情を出すなと
言われて育ったとあった
今思うと
父親は自分の悲しみのはけ口が
うまく出来ないことを
娘に強要してたのでは?
と感じるのです
そして観光でやってきて
そのままかもめ食堂に居ついてしまう
片桐はいりのミドリととマサコも
それぞれ
居場所を失くして辿り着いた先が
北欧でありかもめ食堂であり
サチエだった
自分の守りの城だったはずの
家族や家そして仕事場
要するに
自分が安心していられる場所が
この三人には逆に自分でいられる
場所や人ではなかった
ともいえる
そしてそれぞれが
選んで来た場所
フィンランド
ムーミン、女房背負い競争や
エアギター選手権
そしてサウナ我慢大会
そんなちょっとおかしくて
メルヘンなイメージの
フィンランドは
森がありそこに
安らぎがある
いつのまにか
どこからもはじかれて
しまった3人だけど
フィンランドの
なんでもそっと受け入れてくれる場所
森があり湖がある
そんなスオミ(フィンランド)で
誰も客がいなかったところから
少しずつ
毎日を重ねて
いつか
店が満杯になっていく
この映画で
ガッチャマンを歌える人に
悪い人はいない
というのと
世界の終わりに呼びたい人
を考える
そしてコーヒーを淹れる時に
そっと「コピルアック」
を唱える
をやってる人
案外多いのではと思います笑
わたしを構成する映画
こうしてみると
どれも
「人」がテーマだなあ
どれもおススメです
毎日を自分で豊かに♪
スキンケアレッスン
✰Menuが新しくなりました✰
♡Yuko'sリーディングセッション♡
⇓
下記のLINEにて
お友だち登録すると
サロンミルテの
最新ニュースや特別割引などが
ご利用になれます。
👇(コチラをクリック)





