令和7年1月14日(火曜日)
地味にですが今回を持ちまして、拙ブログが第800回を迎えました。いつも見に来てくださる皆さん、本当にありがとうございます。

何を題材にしようか色々と考えましたが、今回は8の数字にあやかり、来年度中には姿を消すとも言われている、東京メトロ半蔵門線の8000系車両の姿を取り上げたいと思います。
少し前の出来事ですが、去る11月28日の夕方、何気なしに東急田園都市線を訪ねたところ、まさかのミラクルが起きました。
1本目!8116編成。

まずは1本目。8116編成からです。
現在、この車両は後継車への代替による淘汰が進み、全190両中、残り70両にまで数を減らしています。
訪問日:令和6年11月28日(木曜日)
乗車区間:東急田園都市線、鷺沼〜中央林間。

黄昏時の鷺沼駅。
めぐり会うのが難しくなっている車両と、いきなりのご対面です。ちなみにこの日はとくに列車運用などは調べずに、適当に出歩いていました。

押上、南栗橋寄り先頭車のご尊顔。
急行電車の待ち合わせがあったため、じっくりと車両を観察することができました。

すかさずとなりのホーム3番線には、トップナンバーの8101編成が滑り込んで来ました。(咄嗟に捉えたため、変な姿で申し訳ありません。また8000系の本当の第1号車は8105編成ですが、こちらはすでに廃車になっています。)

昭和56年(1981年)4月1日から営業運転を開始した最初期のグループ。平成6年(1994年)に最も遅く10両編成化されたため、手前と奥の車両が全く違うのにお気づきでしょうか。

角度を変えてみます。
右側が平成6年に追加製造された車両で、窓の高さや台枠(床板)、ドアの周囲等が異なり、独特な違和感を楽しむことができます。

そうこうしているうちに、1番線には先ほどとは別の8106編成が来ています。こちらも昭和56年から活躍している、最初期のグループです。

ホームドアに隠れて少々分かりづらいですが、大井町線から来た急行電車の待ち合わせをします。

車内の案内表示器はもちろん、あとから設置されたものですが、昭和56年の製造銘板と見事にマッチしています。世代を超えた見事な融合。

昭和56年は私が小学生になった年です。
当時はピンクレディーが解散し、なめ猫が流行っていました。まだテレホンカードやCDもなかった時代で、月日の流れを感じます。

この編成にも平成6年製の最終新造車が挟まれています。かつては同じ編成が7本存在しましたが廃車が進んだため、今では8101と04、06の3編成しか残っていません。

車内に入ってみます。
となりの車両とは13年以上も歳が離れており、私はいつもこの位置に乗車するのが、至福のひとときです。

設計が古いとなりの車両の方が窓の高さも低く、その違いがよく分かりますね。

長津田で一旦降りて、急行電車で南町田グランベリーパークまで先回りします。

南町田グランベリーパークのロゴと吹き抜け屋根をバックに、8000系車両を入れてみました。いつまでこの光景を見られるのでしょうか。

終点の中央林間まで到着です。
間髪入れずに折り返し、東武日光線直通の南栗橋行きとなります。

ここまで来て、お疲れ様と思ったところでしたが。

なんと反対側の1番線にはさらに別の、8118編成の姿まで見ることができました。
去る11月28日。わずか1時間もしないうちに8000系車両を4本も見ることができた、まさに奇跡の一日でもありました


帰りに先ほど訪ねた、南町田グランベリーパークの駅で降りてみます。辺りはもう真っ暗になっています。