皆さん、こんにちは。
最近、蔵出しの記事が続いていますが、とりあえずは今回で最終回です。
先にご紹介しました、京都の地下鉄とJR奈良線に続きまして、今回は民営化2か月目に訪問した大阪市交通局(→現在のOsakaMetro)の登場です。
昨年5月29日に京都に立ち寄った私は、夕方には吹田市にある万博記念公園を訪ね、予め予約をしていた太陽の塔の内部を見学しました。
本当はそのときの様子をお伝えしたかったのですが、内部は撮影禁止であったため、残念ですが今回は割愛させていただきます。
昨年7月の記事ですが、こちらで少しだけ触れていますので、よろしければぜひ。

昨年4月1日に大阪市交通局は民営化され、市バス、地下鉄、ニュートラムが、大阪シティバスとOsakaMetroに変わりましたが、その変化の様子を観察しに行きました。
とくにお断りのない限り、平成30年(2018年)5月29日から翌30日にかけての情報です。
まず目についたのが、至るところに市営時代からの案内表示板がたくさん残っていました。
例のトンネルと車両のシルエットに、交通局のロゴが入ったおなじみのマークがまだまだたくさん元気でした。
その変わらない姿に、ほっと心が安らいだ私でしたが、最近は上から紙を張ってこのマークは隠されているようです。
こちらは谷町四丁目駅のものですが、市バス乗り場の表示までそのまま残っていました。
今はもうありません。
そして昨年1月末をもって、地下鉄では機能が停止されたはずの、スルッとKANSAIのラックまでそのままです。
とんがり帽子の女の子スルッとちゃんも、やがて姿を消してしまうのでしょうか?
駅構内の消火栓にも、まだ交通局のマークがありました。こちらも最近ははがされています。

車内の検査票差しですが「大阪市交通局」と表示されていた一番下の行が、テープで隠してあります。
あまりうまくまとめることが出来なかったですが、今からおよそ9か月前のOsakaMetroの姿です。
今から20年あまり前まで見られた、かえ〜るボックス。
新聞や雑誌の回収箱でしたが、中身が見えない問題から廃止されたようです。
梅田駅に停車中の10系試作車。
昭和48年(1973年)3月に製造されたこの車両は、独特な外観がひときわ目を引く存在でしたが、9両→10両編成への増結のときにバラされ、両側の先頭車両は転用されず、平成7年(1995年)9月に廃車。
わずか1編成のみの存在でしたが、私が大阪を訪ねたときは、いつも必ず来てくれました。
上記2点の画像は、いずれも平成6年(1994年)12月に撮影したものです。
皆さん、ご覧くださいまして、ありがとうございました(^o^)/












