ご近所のAさんのお話。
子供たちが小学校だったころには子供会などで結構親密に付き合っていた彼女とも子供が中学高校になるにつれて会う機会は限られ、特に私が社員としてフルで働くようになってからはほとんど会うこともなくなりました。
それがいつのころからかたまには飲みに行こうよということになり、年1~2回の割合で合っては受験のことや家のことで盛り上がる関係に。
子供たちが小さかった頃からの知り合いなので話しも弾みます。
で、昔にくらべれば自分の時間が取れるようになったこの頃。
それはご近所さんのママ友たちも同じようで、土日にお茶のお誘いを受けるようになりました。
大抵いきなりだったりしますが。(それはそれで楽しい)
子供会からのママ友グループでラインを作っていて、遊びたいよーだとか飲みたいよーだとか暇な人お茶しよーぜなどとトークをするわけですが、大抵発起人は私かBさんで、後の数人はそれについてくるという感じ。
この前もBさんが発起人で暇ならお茶しようよと連絡がありました。
この時はBさんはグループラインを使わず私に直接ラインが来たので、そっこーでOKを出しつつ、皆も誘う?と確認すると大丈夫だよと連絡が来たので即グループにライン。
ほとんどがすでに予定を決めている中、Aさんが参加表明をしたので、三人で時間を確認してお茶しに行きました。
いつも通り話も話に弾んで、くだらないことで笑いあっている中、話しの流れで友達がどれほど少ないかという話になり「まあこういう性格だしねー」と少し卑屈になりながら慰め合っていたのです。
するとAさんが「大丈夫、私はよーくの友達だよ!」と心底そう思ってくれている声で語ってくれました。
ありがたいなあと感動していると、AさんはBさんにも「そうだよね!」と同意を求めたんですが、Bさんは苦笑いしてこの件に関しては口を閉ざしてしまいました。
Aさんはそのことに気付かず、話しは次の話題に移行。
話しが次々と変わるのはよくあることなのでいいんですが、気になったのはBさんの苦笑いの無言。
どう見ても「えー、そんなに力説するほど友達じゃないんですけれど」というオーラが出まくりで(爆)
あら、もしかして単なるご近所の井戸端会議仲間程度扱いだったんだ?
なんて、捻くれてしまった私がいました。
否定できないから無言で通す。
それはイコール、否定を肯定していることになると思いますがいかがなものでしょうか。
言葉にできないことを思っているからこそ、声を出さないんでしょう?
貴重な休日のひと時に、その程度しか思っていない相手からの誘いにのってくる彼女が、私は理解できません。
それともAさんと話したいがために私がいてもやってきた、というところですか。
そう考えると、確かに彼女は私が話し出そうとすると大きな声で話を被せて話す場を奪っていたような。
うーん、よくわからん。
私は好き嫌いがはっきりしている、某知人にいわせれば「竹を割った性格というよりもタケノコがにょきにょき伸びて家を突き破るほどの性格」らしいですから、自分が不愉快に感じる人間がいる場にわざわざ出向こうとは思いませんし、もし万が一そういう場にいなければいけなくなったとしてもこちらから声を掛けようとは思いません。
いわゆる「大人の対応」ができない私ですので、彼女の行動が理解できません。
毎度のことながら人間という生き物の複雑さに驚かされた一日でした。
まあ、この程度のことはありふれた日常の一コマなんでしょうけどね。