木曜日はきらい | 戦う?めだぬきず

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大阪育ちの母とめだぬきず(子供達)との日常です。

木曜日に一人で大阪に行くのは嫌い。


理由は明白。


父親が亡くなったときがそうだったから。


木曜日の朝早くに吐血して、お昼に叔母から帰ってくるように連絡があって、週末に帰るつもりをなんとか都合をつけて大阪に向かった。


病院に付いたのは夜7時。


義妹が看病をしてくれていたので実家に行った。


けれど翌日の朝2時に義妹からの連絡で危ないことを知った。


最後は見取ることができなかったけれど、叔母からの執拗な連絡がなければ呼ばれて直ぐなんて病院にいくことができなかった。

叔母には感謝しかない。


だから、私は木曜日に大阪に一人で行くのは嫌い。


亡くなった父を思い出すから。



この前、木曜日に一人で大阪の病院に行った。


入院している母の手術の立会だった。


母は糖尿病の末期で、すでに四肢の先端に血が回らなくなっている。


とうとう足を切り落とさなければいけなくなって、その手術をすることになったのだ。


話を姉から聞いた時は、木曜日という日付に引いた。


血管がもろくなって、血のめぐりも悪い母が全身麻酔をすることに正直不安があった。


その上足を切り落とす。


回復するんだろうか。


壊死が進行しないのか。


バイパス手術を年数回こなす母。


その時はあまり心配をすることはなかった(もちろん大手術には違いないけれど)が、今回は無意識に不安に思っていたらしい。


前夜、あまり眠ることができなかった。


私にとっての魔の木曜日。


仕事を切り上げて駆けつけた病院では、母が「いたいいたい」とうわごとのように呟いた。


手術室に入っていく母に、不安はあったのだろうか。




手術が終わり病室に帰ってきた母は、言葉のまわりは悪いけれど、なんだかほっとしているように見えた。


先生も母の血管が血管だけに心配が大きかったらしい。


無事手術を終えたことを見届けて、その日は実家に泊まらせてもらった。


翌日の病院では透析中の母に会いに行った。


前日とは違う母がそこにいた。


活舌ももどり、顔色もよくなり、透析から病室に戻ると今度は笑顔さえ浮かべて。



よかった。

本当に。



木曜日が嫌いでなくなった瞬間だった。