「理系のためのすぴりちゅある」
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理系のためのすぴりちゅある①科学者だからこそわかることもある→→→★
理系のためのすぴりちゅある②エントロピーの法則と私の存在について→→→★
理系のためのすぴりちゅある③目に見えないものを信じるか信じないか→→→★
今日は、考えること、について考えたいと思います。
小学校のころから、
いや、その前から、
「考えること」ってとっても大事、と刷り込まれるよね。
そして、「考えること」が得意だったり、まじめに「ちゃんと考える」人が
理系に進むことが多いような気がします。
考えることは確かに大切。
でも、それ以上に大切なことがあるんだけど、
少なくとも私の中では、その順位は明らかにひっくり返っていた。
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ホメオパシーを勉強し始めて、
本気で、「これだ」と思ったのが、
Rajan Sankaran(ラジャン・サンカラン)氏のセミナーを受けた時。
そのセミナーで、質問した私に、ラジャンが言った言葉は、
衝撃でした。
「なぜ、と考えてはいけない。
ただ、起こっていることを、観察するべきだ。
なぜ、と考えると、必ず偏見が入るから」
目からうろこがぽろぽろ落ちました。
(ラジャンは、セミナー会場にいる日本人が英語でも理解できるように、
平易な英語を選んでこのように言いました。
本当は、もっと深く正確なことを言いたかったと思います)
考えること、が一番大切だと思っていたけれど、
確かに、
観察したことについて、考えるとき、
必ず、自分の持っているカードの中に物事をあてはめる。
自分が理解できる範囲に、その事実を押し込んで、
どうにか筋道を作ってしまう。
そうすると、人は絶対に、
自分の知っていること以上のことには気づかない。
考える前に、
その物事について、
とにかく見つめて、観察して、観察して、・・・
ニュートラルな心で、
自分が持っているありとあらゆる知覚を総動員して、
観察しきったところに、
そこで初めて「わかる」
のです。
わかった事に対して、
まとめるのが、本当の意味での「考える」
なのだ。。。
そう考えた時、
理系の皆さん、
自分の知覚全てを使って観察したこと、ある??
目で、測定値を追うだけじゃないんだよ。
触った時は、温度を測ったり、粘度を測ったり、
色を観察したり、するだけではなくて、
手の感触はもちろん最低限、
触った時に、自分の身体のどこかで起こる反応、
聴こえる音や、
頭に響く振動や、
暑さ、寒さ、
ちょっとした緊張、
目に映るビジョン、
そういう、自分の身体が全身で訴えてくる感覚を、
隅々まで観察したこと、ある??
それが正しいとか正しくないとか、
信じるとか信じないじゃなくて、
自分の身体がどれだけの反応を持っているか、
ぜひ観察してほしい。
そうすると、「第六感」と呼ばれるものが、
自分の中にも確かに存在することに気づくと思うのです。
これは観察だよ。
あくまで観察。
目でも、耳でも、舌でも、匂いでも、手でも感じられないけど、
自分自身が反応している何かがある。
ぜひ、
一度、時間をとって、
自分を「観察」してみてくださいな。
まだ書くことあるかな・・・
次くらいが最後になるかしら。