
皆さんこんにちわ!神軍リクルーター、ロニサランガヤでございます。ロニとはペンネームでありますが、生粋の日本人でございます。今日はロニが人類大救世主大塚寛一先生とのご縁(大学入学式での講演会)があり、なぜ帰依することになったかについて書きたく思います。赤面症という性格の悩みを克服する為もあって、ロニは高校時代から道を求め、あらゆる宗教、哲学の本を読み、ヨガや断食を行い、真理の探究と神の存在、死後の世界のことを考えておりました。その中で中国仙道とインドのヨガの中に、人間が本当に死後救われて高い世界(天国)に行けた場合には、死体が硬直しないという本を読んでいました。「屍解:しかばねを解く」という現象が仙道にあり、ヨガでは【マハーサマーディ】と言いますね。ヨガナンダがロスアンゼルスのテレビ放送にて、マハーサマーディで実際最後を迎えたことは有名な話です。その死の恐怖のない「理想的な死に方」が大塚寛一先生に帰依している多くの方に起きており、実際の映像八ミリフィルムを講演会で見たからでありました。団体には多くのこの記録ビデオがありますが、一般には公開しておらず、団体の企画する講演会等では映写、紹介されています。これを見た時、これが本当ならここは本物だと直感したわけでございます。その後、帰依して頭部隆起という脳細胞が活性化する奇蹟体験で赤面症は全治しました。
さて「崇高な転生=大安楽往生」とは、どんな現象でしょうか?
それは、法医学で言われる「死後の現象」としての硬直、死斑、死臭、体温降下がないということです。また死期を事前に悟っていろいろ準備ノし、花見遊山に行くように楽しく来世にいくということですね。大塚先生からは過去、自力でこの転生ができたのは、空海他、ごく少ない人だけであったとも拝聴していますが。これから人類からは「死の恐怖」が無くなる時代が来るとも拝聴しています。そのフィルムを公開できないのは残念ですが、動画はこれです!
ちなみに、大塚寛一先生から昭和39年のラジオ放送等でも「崇高な転生」について下記骨子を拝聴、如是我聞しています。
みながわしに帰依すると、宗教の最高理想である死後の救済「大安楽往生(だいあんらくおうじょう)」すなわち、「崇高な転生」ができる。極楽往生(ごくらくおうじょう)ということは死ぬのではない。息を引きとった後、けっこうな境界(きょうがい)に転生(てんせい)し、いつまでも生きながらえることである。人が極楽往生する時には、定命(じょうみょう)を全うして安らかに息を引きとり、いつまでたっても硬直現象(こうちょくげんしょう)がなく、体温もなかなか冷めない。そして、死後数時間ほどたつと、非常に若返って相貌(そうぼう)が崇高(すうこう)になり、常識では考えられない大安楽往生現象が起きてくる。ところが、この大安楽往生(崇高な転生)を願って、人がキリスト教で説く「天の父」や、仏教で説く西方浄土(さいほうじょうど)の「阿弥陀如来(あみだにょらい)」などをいくら真剣(しんけん)に信仰しても、決して求め得られない。なぜなら、釈迦・キリストの信仰の対象物である「神の本源(ほんげん)」と、人との間には大きな隔(へだ)たりがあったからである!
さて「崇高な転生=大安楽往生」とは、どんな現象でしょうか?
それは、法医学で言われる「死後の現象」としての硬直、死斑、死臭、体温降下がないということです。また死期を事前に悟っていろいろ準備ノし、花見遊山に行くように楽しく来世にいくということですね。大塚先生からは過去、自力でこの転生ができたのは、空海他、ごく少ない人だけであったとも拝聴していますが。これから人類からは「死の恐怖」が無くなる時代が来るとも拝聴しています。そのフィルムを公開できないのは残念ですが、動画はこれです!
ちなみに、大塚寛一先生から昭和39年のラジオ放送等でも「崇高な転生」について下記骨子を拝聴、如是我聞しています。
みながわしに帰依すると、宗教の最高理想である死後の救済「大安楽往生(だいあんらくおうじょう)」すなわち、「崇高な転生」ができる。極楽往生(ごくらくおうじょう)ということは死ぬのではない。息を引きとった後、けっこうな境界(きょうがい)に転生(てんせい)し、いつまでも生きながらえることである。人が極楽往生する時には、定命(じょうみょう)を全うして安らかに息を引きとり、いつまでたっても硬直現象(こうちょくげんしょう)がなく、体温もなかなか冷めない。そして、死後数時間ほどたつと、非常に若返って相貌(そうぼう)が崇高(すうこう)になり、常識では考えられない大安楽往生現象が起きてくる。ところが、この大安楽往生(崇高な転生)を願って、人がキリスト教で説く「天の父」や、仏教で説く西方浄土(さいほうじょうど)の「阿弥陀如来(あみだにょらい)」などをいくら真剣(しんけん)に信仰しても、決して求め得られない。なぜなら、釈迦・キリストの信仰の対象物である「神の本源(ほんげん)」と、人との間には大きな隔(へだ)たりがあったからである!
すべての人が願い求めている理想、真の「大安楽往生」の境地に入った人は、わしに帰依した者を除くと、過去に高野山(こうやさん)の弘法大師(こうぼうだいし)さんぐらいであり、他の人はほとんど入れていない。然しながら、わしがこの地球に来たことで人類の全ての人が人生の最後に全部の者が崇高な転生、大安楽往生できる時代がついに到来(とうらい)したのである。
大塚寛一先生1972年5月18日に逝去されました。このことは「御神座」と呼ばれ、神の座に戻ったことを意味します。81歳でした。生前、多数の人々を大安楽往生、崇高な転生をさせていた大塚先生は、自らの往生の時において、想像を絶する神々しさ(こうごうしさ)を表しました。逝去の後、その尊体を正式に安置する準備が整うまでに、翌年2月までを要しました。そして(その間の)約9か月においても、大塚先生のご尊体は、少しも変わることなく艶々(つやつや)として、温かく、柔らかでした。こうして大塚寛一先生は、地上での聖業を終えられ、より大きな神の御業(みわざ)をされるために、天に帰られたのです。それは、終わりではなく、新しい段階の「輝かしい始まり」でした。
つまり、御尊体を奥多摩万寿山の降臨閣にお移ししたのが昭和48年2月であり、御神座からそれまでの9か月、御尊体は、全く腐敗などすることがなかったのです。暑い真夏を挟んだ9か月間です。1973年2月6日に「御神座祭」がなされました。
今、人類大救世主大塚寛一先生の「ご聖体」は、奥多摩萬寿山降臨閣の下にそのままのお姿で鎮座されておられるとロニは聞いております。







