長年悩んだ末、昨年末ようやく開通させたピアス。
アクセサリーはもともと大好き!
でも 小さい耳たぶだからイヤリングはすぐに無くすし、痛くなるし
ある時期からイヤリングはしなくなりました。
その分、ネックレスや指輪は大好きなダイナミックなデザインのものを。
それでも充分に楽しんでいたのですが
ピアスを素敵に楽しんでいらっしゃる方々を目にするたびに『いいなぁ!』と思っていました。
ピアスをしなかった一番の理由は、
古典的ですが、
親からもらった体に傷をつけたくなかったから。
ただそれだけ。
私がガンの手術をするときも、出来るだけオペをしない方向での回復方法を探しまくってくれていた彼ら。
もちろん無事に手術を終えたからこそ、今の私があるのですが、
カラダに少しでも傷が付くことを気にしてくれていた両親、
それなのにピアスを開けていいのかな、と。
思いあぐねていました。
でも、
ある日その話を母にしたら
『うん、、、、
そう思ってもらえるのはすごく嬉しいけど、本当にお洒落なピアスして、
ワクワクしてるmisakoの方がいいよ』
そして
『少し調べて見たら、ピアスは魔除けとか、厄落としの意味もあるらしいよ。』
意外にも母からの後押しもあり、(この歳になって今更ですが)やっぱり開けてよかった♡
自然に『お洒落しよう!』という気分になります。
ワクワク・ドキドキする女子な気分。
やっぱりいいものですね!
ピアスを開ける前、
『ああ、あのデザイン素敵!
もしピアスを開けたら、あのピアスをしたいな』と、ショーウインドウ越しに眺めていた憧れのデザインや、
知人から開通祝いに頂いたものたちなど。。。
ピアス・ツリーもだいぶ賑わいを見せはじめました。
ピアス開通への想いはこちら
『アクセサリー熱、再燃♡』
http://ameblo.mom/yoga-yuruvegefood/entry-12244162036.html
当初は母と開ける予定だった、
いや、
そもそも彼女から
『もうどんなに長く生きても50年は生きない。
それなら、今までやりたいと思ってきたことをいろいろやりたい。』
と言って、ここ最近たくさんのことに挑戦し始めている。
1年半前に始めたフラもその一つ。
フラを始めるきっかけ、フラへの想いはこちら。
『両親に感謝』
http://ameblo.mom/yoga-yuruvegefood/entry-12225190878.html
努力家の母は、とにかく基本に忠実。
カレンダーの裏に先生から言われたことを全部書き写し、練習する毎日。
そんな母の背中を見るのが嬉しくもあり、
自分のこの先のことを見通しながら頑張っている姿が、切なくもあり。
ピアスも、母がやりたいことのうちの一つ。
『misakoが開けたら、私も開けるよ』
と言っておきながら、なかなか開けない母。
『やっぱり私、こわいわ。。。』
でも、
ずっとずっと開けたいと言っていたのを知っている私は激励!
『大丈夫だよ!大丈夫!!
怖がりな私でも大丈夫だったんだから!』
『でも・・・』
『でもって言ってたら、これからもずっと開けられないよ。
春を控えてまだ寒い今が一番いい時期だよ。
暖かくなったらまた開ける機会を失っちゃうよ。』
『でも・・・』
『来月、バリに行ったらお母さんが好きそうなピアスをたくさん仕入れてくるから!帰ってくるまでに開けておいてよ!』
『でも・・・』
もう脅しですね。。。笑
この様子じゃ、まだピアスを開けるのは当分先だな、という感触でした。
と
思っていたら、、、、、、、、、
なんと。
先週末の南伊豆での主催リトリートを終え帰宅したら。。。
帰ってきた私の顔をやたらと笑顔で覗きこむ母。
んん??私の顔に、なんか付いてる??
ん??
ん?!?!
おっと!!!!!!!
なんか付いているのは私の方ではなく、
開通した母のピアス!!!!!
ひゃっほい!!!
素晴らしい♡♡♡
『かかりつけの皮膚科に別の用事で行って、ふとピアスの話をしたら簡単だってお医者さんが言ったから・・・』
と。
さすが母。
やるときゃやります。
そして次の事件。
大好きなロバートさんの、某携帯会社のCM。
ついつい笑ってしまう、このCM。
まさか、
まさか、、、
私が母に歌ってあげることになるとは!!!
ずっとずっと
『スマホにしてみたいな。。。』
『スマホってどう??』
と言いつつ、なかなか踏ん切りがつかなかったようですが
契約の更新と
ピアスを開けた勢いでスマホへ。
待ち受けもフラの二人の写真にし(顔は見えなくても良いそうだ)
私の来月のバリ滞在写真をリアルに見られるようにとInstagramもインストール設定してあげて、使い方をレクチャー。
『世の中、すごいことになってるんだねえ。。。』
しきりに感心している母。
私からしたら、
こんな好奇心と挑戦する気持ちを持っているあなたの方がすごいよ。
一度エンジンがかかると飛びつくように走り出す私ですが、これでも意外と臆病。
気が小さい(ときもある?)。
そして何度も経験しているからこそですが、体調がすぐれなくなることに神経質になり『また病が再発するんじゃないか』と後ろ向きな気持ちになる私。
でも母は常に前を向かせてくれて、
いや、
彼女の背中を見ていると
『こんなグジグジしてられない!』
と自然と思わせてもらえる。
与えられた命に意味はない、
ただそこに『在る』だけだという教えもあります。
(これは言い換えると、じゃあ生きていることに自分が意味を感じなければ、そもそも生きている意味もない、という結論に至ってしまうからこその教えです。『意味』の解釈が違ってきますね)
私は彼女の背中を見るたびに
『だからこそ私は彼女の娘として生まれてきたのだ』
と思います。
弱く
後ろ向きになって
病気のことばかり気にしてしまう私が
違う生き方を学ぶために、彼女の娘になったのだと。
地道に、
ひねくれることなく
一つ一つの努力を積み重ねることがその先につながっていくのだと、学ぶために。
ありがとう、お母さん。
いつもありがとう。
帰国したら・・・・
自撮り棒、持っていそうだな。。。
misako






