
私がメールカウンセリングをしているあるクライアントさん(Aさんとしておきます)に、以前私は次のような質問をしたことがあります。
「うつ病がすっかり良くなったら、どこに行きたいですか?ハワイとか熱海とか、旅行したいところはありますか?」
Aさんは、人ごみに出るのを非常に嫌っていて、特に駅の雑踏やベルの音などがダメだという女性でした。
上の問いは、Aさんとかなりやり取りをして、気心が知れた時分に行った質問です。
Aさんは、「自分でもびっくりしました」と言って、次のような答えを伝えてくれました。
「(家の近くの)最寄り駅です」
「一番行きたいところはどこか?」という問いに、一番嫌っているはずの「駅」の名前をふいに思い出したのです。
Aさんは、とても不思議がっていました。
「一番好きな行きたい場所」と「一番嫌いで行きたくない場所」が偶然にもつながるというのは、なぜでしょう?
Aさんは言いました。
「これって、何か意味があるのではないでしょうか?」
今回は、このことについて取り上げたいと思います。
皆さんは、「布置(コンステレーション)」や「共時性(シンクロニシティ)」という言葉をご存知でしょうか?
深い深層心理の洞察によって現代心理学に多大な影響を与えたユングが用いた言葉で、ユング心理学の中でも非常に魅力的な考え方を象徴する言葉です。
「布置」とは、「1つ1つの事柄や状況が、それだけでは何の関係も意味もないのに、あるとき、それらが一つのまとまりとして、全体的な意味を示してくる」というものです。
これは一言でいうと「意味ある偶然の一致」と言われるものです。
単なる偶然と考えるにはあまりにも確率が低い出来事について、「布置」がさらに個人的レベルを超えて、深い部分で意味ある偶然の一致が起きる場合、それを「共時性」と言います。
例を挙げましょう。
ある家では毎朝6時半頃に朝刊が来るとします。
また6時半頃、隣の家のご主人が出勤するのに車のエンジンをかけるとします。
すると、この家のご主人は、奥さんにこう言うかも知れません。
「おーい、隣の家のご主人がお出掛けだから、新聞来てるかどうか見てくれ」
隣の家の主人が車のエンジンをかけるという行為と、家に新聞が来るということとは、何の因果関係もありません。
しかし、この家のご主人は、それを関連づけて意味づけしているのですね。
こういうレベルの「意味ある偶然の一致」を「布置」と言います。
「共時性」になると、この偶然の一致がもっとドラマチックになります。
例えば、次のような例です。
(例1)
ある女性がキッチンで夕食の支度をしながら、夫のジムに向かって、「テーブルに花が欲しいわ」と言いました。
子供達はそのとき外で遊んでいて、女性の声の届かない遠くにいました。
しばらくすると、娘のメロディが家の中にまっすぐに入ってくると、手にピンク色の花束をかかえていて、「ママ、ここにあるわよ」と言ったのです。
(例2)
人の死を知る能力のある人がいます。
ある人の場合、夢や白昼夢として、死ぬ人がスーツケースを持ってその人の前に現れるのを見ます。
そしてしばらくすると、そのスーツケースを持って現れた人が、亡くなったという知らせが届くのです。
ユングは、この共時性を裏付けるような体験を何回もしています。
一番決定的で、ユングに「共時性」研究を与えるきっかけにもなった有名な事件があります。
1920年代の半ばごろ、ユングの無意識の研究に大きな飛躍を与える事件が発生しました。
ユングはそのとき、ひとりの若い女性の心理治療にあたっていたのです。
この女性は我が強く、合理性に異常に固執するため、ユングはなかなか彼女の心の壁を取り除くことができず、治療の効果がほとんどあがっていませんでした。
ある日治療を行なっているとき、彼女は昔見た夢について語り出しました。
見知らぬ男性から、黄金のスカラベ(コガネムシ)を贈られるという内容でした。
ユングがこの話を聞いているとき、突然うしろの窓を静かにトントンと叩く音がしました。
振り返ってみると、一匹の虫が窓の外側でガラスにぶつかっているのです。
窓を開けるとその虫は部屋のなかに飛び込んできました。
ユングは虫を捕まえて患者に渡し、こう言いました。
「さあ、これがあなたの夢に出てきたスカラベですよ」。
患者は、手の中の虫をじっと見ていました。
背中の部分が虹色に輝いていて、まさに夢で見たのと同じ虫でした。
この「意味のある偶然の一致」を目のあたりに体験することにより、彼女の内面を形成していた独自の世界観が音を立てて崩れていきました。
この一件がきっかけとなって、彼女はユングの治療を素直に受け入れるようになったのです。
さらにエジプト神話では、スカラベは「変容」の象徴であったので、なおさらユングには「象徴的」としか言いようのないケースだったようです。
患者が現在の状態から何かへと「変容」しなければならないちょうどその「時」に、然るべき意味をまとったシンクロニシティ(共時性)が生じたのです。
日本におけるユング研究の第一人者である故河合隼雄氏は、「共時性」について次のように語っています。
「希望する人にとっては、共時的現象がよく見えるようになる。
共時的現象は、実のところよく生じているのだが、われわれがそれを把握していないのだ、とも考えられる。
“希望する”人は、心が広く開放されているので、共時的現象によく気づくとも考えられる」
また、外国の別の学者は、次のように言っています。
「自然発生的な共時的出来事は、心の中の状況が活発に働き、強い情動を帯びるのに共鳴し、それにともなって起こるものです」
さらに、「共時性」の発生確率について、「そのような心の現象は実際に多く存在し、従来の確率論で予測される期待値よりはるかに高い確率で生じている」と言う人もいます。
つまり、「共時性」の発生については、次のような特徴があるようです。
① 確率論の確率よりも高い確率で起こる
② 共時現象を希望する人には、よく起こる
③ 強い感情を帯びる場合によく起きる
「共時性」では空間と時間の中でおきる出来事の偶然の一致に、単なる偶然以上の意味があると考えます。
その意味とは、客観的な出来事同士の独特な相互依存関係と、それを見ている者の主観的な心の状態との結びつきです。
一言でいえば、「運命」といったものが客観的出来事と心を結びつけるとき、「共時性」というものが現れるのです。
彼氏もいなくて、平凡な日々が続くOLが、たまたまある日寝過ごしてしまい、1つ遅い電車で出勤しようとしたところ、偶然に高校時代に憧れていた先輩と出会って、彼女のその後の人生が一変するというのは、まさに運命ですね。
それを「運命」として意味づけるには、偶然の出来事と、それに揺さぶられて生じた「心の動き」がないとダメなのです。
偶然の出来事であっても、心に動きがないと、「運命」にはなりませんし、共時性も現れないということですね。
あ、憧れていた先輩が、1つ遅い電車で出勤することを知っていて、わざとその電車に乗り込んで、「偶然の出会いが恋心を芽生えさせた」なんて言うのは、共時性でも何でもないですからね。
ごまかさないでください。
ともかく、ユングが言う「共時性」というのは、特に女性の方々は結構興味を持つようですね。
ユングの「共時性」を、「単なる偶然以上の意味」レベルまで理解するには、さらに「集合的無意識」とか「元型」という独特の考え方を取り入れないといけないのですが、ここでは割愛します。
「共時性」という考えを導入することは、特に心の世界では大きな意味を持つ場合があります。
冒頭のAさんの例で考えてみましょう。
(以下の例は全てフィクションです)
冒頭のAさんの例は「布置」のレベルに留まっています。
「“最寄り駅”を一番行きたいところとして選んだのには意味がある」と考えています。
もし、しばらくして「最寄り駅」に行ってみたところが、そこで遭遇した人ごみの中で、余計にうつ病を悪化させてしまったとしたらどうでしょう?
きっとAさんは、「一番行きたいところ」と(一番行きたくないはずの)「最寄り駅」を偶然に結びつけてしまった自分の心を後悔するでしょう。
ところが、Aさんは、どうしても一番行きたいところとして「最寄り駅」を考えから外すことができません。
やはりそこには意味があると思うのです。
何日かして、その意味がぼんやりと見えてきました。
自分がうつ病になって退職した日、帰宅するとき、少しだけ憧れていた上司がその最寄り駅まで見送りに来てくれたのです。
それは、すっかり忘れていたことなのですが、それを思い出しました。
その上司と別れるとき、何ともいえない寂しさがこみ上げてきたのを覚えています。
「もう一度最寄り駅で上司に会ってお礼を言いたい」
そんな考えが突然湧いてきました。
これは、共時性によって、心の深い部分で偶然を意味づけることになった結果だと言えます。
それからのAさんは、うつ病の治療に格段の効果が現れるようになりました。
これはフィクションですが、単なる布置レベルに留まっている偶然の一致を、共時性レベルに持っていくには、当事者の「意味づけの意志」が必要です。
Aさんのカウンセリングは今も継続中ですが、私にはこの「最寄り駅」が共時性を呼ぶような気がしてなりません。
こじつけではなくて、ユングが経験したような、偶然に意味づけられるような出来事が起こることを願っています。
カウンセラーは、時折、偶然の一致における意味の確認を、クライアントに向けてみる必要があるのかも知れませんね。
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