
今月12日、スペイン・バルセロナで行われたフィギュアスケートのグランプリファイナルにおいて、羽生結弦選手が世界歴代最高得点を更新する330.43点を叩き出し、男子初の3連覇を達成しました。
羽生選手は先月のNHK杯で更新した同記録をわずか2週間で自ら塗りかえたことになります。
彼は、その高い技術力とフィジカル面の強さもさることならがら、メンタル面の強さが高く評価されていますね。
謙虚な姿勢と強気な姿勢の両方を見せることは、彼の魅力の1つです。
フリーの演技前、リンクに入った羽生選手が最終調整を行っている間、場内には地元ハビエル・フェルナンデスに対するコールが湧き起こったそうです。
この時を振り返った羽生選手は、「“クッソー、見てろよ」って思ったそうです。
そのままダッシュしてトリプルアクセルを跳んで、「今から俺が滑んだぞ」って観客に示そうという意気込みだったようです。
昨年、ソチ五輪での金メダル獲得から1カ月後に、日本開催の世界選手権でも優勝し、'13年12月のグランプリファイナルと合わせるとフィギュアスケートの世界3大タイトルを総なめにした羽生選手は、昨シーズン彼を成長させ、勝利へと導いたキーワードは、心との対話だったと言います。
前半のグランプリシリーズでは、最大のライバル、パトリック・チャン(カナダ)と3戦全てで当たる奇遇な組み合わせになりました。
それを生かし、ライバルの前で自分がどんな心理状態になり、どうしたら力を出せるかをシミュレーションしたようです。
羽生選手は、パトリックとの3試合は、心を理論でコントロールしました。
彼はこう言っています。
「パトリックとの3戦は、僕のスケート人生において濃縮された時間でした。もっと精神面で強くなろうと考え抜いて、色々なメンタルの本を読み、理論を学びました。それを自分の心に当てはめて、自分なりの気持ちの持って行き方を探し、試合をやり、また探す、というのを繰り返しました。自分の心を脳で理解することで、心を理論でコントロール出来るようにしたんです。」
「'13年10月のスケートカナダではパトリックに勝ちたいと思いすぎて、かえってミスをしました。そこから“自分に集中する”という理論を取り入れ、11月のフランス杯のショートでは、自分の演技ができた。でもフリーはまたパトリックが気になってダメ。さらに自分の心の奥、脳の奥まで落ち着かせてみたのがグランプリファイナルでした。結果、この試合は自分のベストに近い綺麗な動きができたと思います。」
ベストを出すために学んだ理論は「ライバルより自分に集中する」ということだったようです。
ところが、そのコントロールを身につけて迎えたソチ五輪では、ショートはパーフェクトだったのに、フリーではミスが続きました。
結果として優勝したものの、自分との心理戦に負けた一戦となったようです。
ソチ五輪の後、3月の世界選手権が終わってから気づいたのは、理論だけじゃダメだったということのようです。
羽生選手はこう言っています。
「五輪のとき、理論と自分の気持ちの間には、誤差があった。自分としては、“そもそも理論に則らなきゃいけないのか”というストレスがあり、その誤差のために五輪では自分に負けました。五輪という大舞台に行った時に、理論で押さえ込んでいたけれど自分の心の奥底には弱い所があって、その自分に負けたんです。理論だけに頼ったがために、“ライバルへの感情を抑える”という本心とは違う気持ちを作っていたんです」
「五輪のあと、自分の戦い方はこんなんじゃない、って悩みました。そして、“ライバルへの気持ちを抑える平常心”と“勝ちたい気持ち”の誤差。それが五輪のフリーでミスをした理由だったのだろうなと、今のところ分析しています。グランプリファイナルまでは理論だけで通用したけど、本を読んで自分にあてはめて試合に臨んだのは、付け焼き刃だった。やはり理論って統計ですから、多くの場合あてはまっても、偏りがあるんですね。」
五輪王者として迎えた世界選手権では、ショートでは4回転トウループを転倒し、首位の町田樹から6.97点差で3位発進となりました。
それでも、「勝ちたい」という思いで、フリーは最高の演技で逆転優勝を決めました。
羽生選手は、この2つの演技での心の変化に着目して、次のように述べています。
「ショートのミスについては、ちょっとした過信とか気の緩みがあったと思います。今季、練習でもショートはミスなく来ていたので。五輪王者だからといって過信しないと頭では考えてましたが、心とほんのちょっと誤差があったのだろうと。フリーは、とにかく“勝ちたい”しか頭にありませんでした。そして自分に対する怒り。追いかける立場になって、久しぶりにアドレナリンを出し切れたと思います。あれくらい自分の中でフツフツと燃え上がる感じは楽しいですね。」
「ライバルへの気持ちを抑える平常心」と「勝ちたい気持ちを燃やす心」とのバランスをどう保つか、そこに羽生選手はどんな方法を見出したのでしょう。
そこには、おそらく、彼が普段から取り入れているイメージトレーニングが強く影響していると思われます。
スポーツ界で活躍する選手たちが常に意識しているのは、練習や技術面の向上だけではなく、メンタル面の強化でしょう。
得に個人種目でミスが命取りになるようなスポーツでは、メンタル面強化は技術や体力強化以上に重要な意味を持ちます。
そして多くの選手たちがそのメンタル面を鍛えるメンタルトレーニングのために取り入れているのが、毎日ノートを取ることです。
羽生選手も、自身のメンタル面の強化のためにこの「ノートに取ること」を実践しています。
そのノートの名前は「発明ノート」と言うそうです。
「新しい自分を発明していく」といった意味でしょうか?
「新しい自分を発見する」ではないのですね。
日々の練習の中で、自分が試してみて良かったことや悪かったこと・疑問点などを、思いついたことはどんどん殴り書きのように書き留めるそうです。
就寝前に布団に入って、イメージトレーニングをしている最中に起き上がって書くこともあるそうです。
この「ノートに取る」と言う行為は、スポーツ心理学では「練習日誌」と呼ばれています。
おそらく、羽生選手のメンタル面を支えているのは、この「発明ノート」と「イメージトレーニング」ではないでしょうか。
練習や試合での気づきを発明ノートに記し、それをイメージトレーニングに活かし、イメージトレーニングで得たものを発明ノートに記録して、それをまた練習や試合に活かす、といったことを繰り返していると思います。
とにかく発明ノートもそうですが、羽生選手の力の源泉にイメージトレーニングがあることは否めないでしょう。
彼がどのようなイメージトレーニングをしているかは分からないですし、その内容を紹介することがこのブログ記事の意図ではないので、内容には触れませんが、ここで、「イメージとは何か」ということについて、少し述べておきたいと思います。
日常でもよくつかわれる言葉、「イメージ」は、「心像」「表象」「形象」などと訳されます。
それぞれ微妙に意味が違ったりしますが、共通するのは、「心の中に思い浮かぶ」ということです。
私たちは普段、目の前のものを知覚した像を見ていますが、それとは別の像を見ることもあります。
心に浮かぶ像には、記憶しているものや経験したもの、あるいは、想像するなど、意識の関与が濃いものもあれば、無意識の領域から湧き上がるものもあるようです。
別の言い方をすると、意識してイメージするものもあれば、浮かんできたものを見るといった形になるものもあります。
また、浮かんできたものを捉えるにしても、個人の経験に関係するものもあれば、個人の経験を超えて現れるものもあるようです。
このように、目の前のものを知覚した像以外のほとんど(幻覚などを除く)をイメージというなら、イメージは外界の現実とは間接的な関係しか持たないことになりますが、全く外的現実と関わりがないということではありません。
むしろ、イメージが持つ意味という部分で外界と大きな関りを持ちます。
イメージは、その人の生き方や人生という意味では大いに関係したりするということです。
羽生選手が、「ライバルより自分に集中する」という心のコントロール理論でイメージした自分は、意識が色濃く関与したものだったと思います。
そのイメージに捉われ過ぎたとき、それだけでは突破できない壁に気づき、無意識の声に耳を傾けたことで、「勝ちたいと燃える自分像」を掴むことができたのでしょう。
「ライバルより自分に集中する」という考えは、「勝ちたい」という思いを捨てようとするところから生じています。
「その一旦捨てた思いにも意味があるのだ」ということを無意識が知らせてくれたのですね。
そうして得た「勝ちたいと思う自分像」は、以前に「勝ちたい」と躍起になっていた自分とは違ったものになっていたはずです。
平たく言えば、一種の鮮やかな「開き直り」で得たものだったでしょう。
でも、そういうことができるのも、普段からのイメージトレーニングがあるからではないでしょうか?
そしてその積み重ねが、今季の世界歴代最高得点を更新しての、グランプリファイナル3連覇に繋がっているのでしょう。
羽生選手は、自分に対する様々なイメージを持っていると思います。
その中で、間違いなく彼を支えている大きなイメージの1つが、「東日本大震災によってできた自分像」でしょう。
地震が起きた瞬間、羽生選手はアイスリンク仙台で練習中だったようです。
突然すさまじい轟音と共に大きな揺れに襲われると、羽生選手は先輩スケーターにしがみつき、ただ泣いて震えていたそうです。
リンクの氷は割れ、建物も半壊状態。
家族は全員無事だったものの、電気、ガス、水道などのライフラインが寸断され、自宅にも戻れず、家族で4日間、避難所生活を強いられました。
「こんな状況でスケートをやっていていいのか」
恐怖が去った後、羽生選手を支配したのはそんな感情だったようです。
悩む彼が前を向くきっかけになったのは、母の後ろ姿だったそうです。
母親は駆けずり回って、羽生選手が練習を再開できるよう、スケート連盟やコーチにも片っ端から頭を下げて回っていたと言います。
「こんな時だからこそ、結弦は滑らなければならない。ここでへこたれてはならない」という母親の思いが羽生選手に伝わったようです。
「僕は自分のためだけに滑ってるんじゃない」と、彼が口にし始めたのはこの頃からだと言います。
グランプリシリーズ中国杯で、激突事故の直後に強行出場をしたことが、日本国内で賛否両論を巻き起こしましたが、スケート仲間は、「あそこで出場しなければ、それはゆづじゃない」と断言したそうです。
「使命感という言葉が適当かどうかはわからないけど、リンクに立てる以上は、あそこで棄権するという選択肢はゆづにはありえなかったはずです」と仲間たちは言っています。
このことからも、羽生選手は、「フィギュアスケートをしている自分はどんなイメージの選手でないといけないか」を、自分なりに掴んでいるような気がします。
おそらく羽生選手の中では、「被災地の人達を元気づけている自分の姿」が巨大な氷の彫像となっていて、その足元から、NHK杯や世界選手権やグランプリファイナルで活躍する自分像が滑り出してくるといったイメージが湧き出しているのではないでしょうか?
こうして、羽生選手のイメージ力がどのようなものかを考えていると、もっと「イメージ力」というものについて掘り下げた考え方をしてみたくなりました。
とりわけ、アスリートではない一般の自分達にも役立つイメージトレーニング法なども知っておきたいですね。
いつか近いうちに、そのようなことをテーマにした記事を書いてみたいと思います。
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