
「自分の顔を変えたい」という願望を持つ方は女性に多いと思いますが、これは変身願望とはちょっと違うような気がします。
変身願望は、素の自分の顔も受け入れつつ、自分を違った姿に作り替えてみたいというものだと思います。
そこには一種の遊び心があると思います。
ところが、「自分の顔を変えたい」と深刻に思っている人は、程度の差はあれ、どこか自分の容姿を否定してしまっているところがありますね。
特に「顔を変えたい」という願望は、顔全体の印象だけでなく、目が一重で細いとか、鼻が低いとか、唇が厚いとか、パーツの粗探しにまで及びます。
ところが、そんな人に限って、他者から見るとそれほど悪くない、というより、むしろイケてる場合が多いのではないでしょうか。
なのに、なぜ当人は自分の容姿に自信がないのでしょう?
と疑問に思った瞬間、ふと、「この問い自体がおかしいな」と思いました。
これは「皆が自分の容姿に自信を持っていることが普通」が前提になった問いになってますね。
普通に考えて、自分の容姿に自信を持っている人がそれほど多いとは考えにくいです。
また、容姿に自信がないと感じている人も多いとは思えません。
要するに、普通の人は普段それほど容姿を気にすることはないはずです。
今、このブログに目を留めたまま自分の顔を思い浮かべてみてください。
どうですか?
はっきり思い浮かぶでしょうか?
今度は、身近にいる人の顔を思い浮かべてみてください。
はっきりとはイメージできなくても、自分の顔を思い浮かべるよりは鮮明に描くことができるのではないでしょうか?
その差が出る理由は簡単です。
身近にいる人は、毎日頻繁に顔を合わすので、はっきりと脳にイメージが焼き付きます。
ところが、自分の顔となるとどうでしょう?
朝洗顔する時や、日中に1,2回、夜の入浴時など、鏡を通して見ることが数回程度です。
あまり脳にイメージが焼き付いているということがないのですね。
だから、自分の容姿が云々という意識も普段はあまり表面化しないのだと思われます。
「自分の顔を変えたい」と常に考えている人はどうでしょうか?
その人も、おそらく頭の中に自分の顔のイメージがはっきりある訳ではないと思われます。
ところが、すれ違うルックスの良い人や、ファッション雑誌の写真とかSNSで投稿される画像などがあると、それに刺激を受けて、自動的に劣等意識が生じ、「自分の顔を変
えたい」といった考えが浮かぶのではないでしょうか?
その場合でも、おそらくはっきりした自分の顔のイメージと他の人の顔を比べているのではないでしょう。
それは、心に無意識の劣等感で作られた自画像があって、それと外界で見る他人の顔とを比べているような感じです。
それと全く逆で、優越感で作られた無意識の自画像と他人の顔とを比べて誇らしげにしている人間が、ナルシストと呼ばれるのだと思います。
ところで、皆さんは鏡で自分の顔を見たとき、それが本当の自分の姿だと思いますか?
単純に理解できることは、鏡は左右逆に映るので、少なくても他人が見た姿そのままには映らないということですね。
自分の様子を観察して分かることは、鏡の前では、ほとんどの人が姿を繕っているということです。
どこかしら、ポーズを決めようとしていますよね。
左斜め45度から見たルックスが一番良いとか、探っていませんか?
思い込みの強い人は、感情移入をして色々な表情を作り、最後はニタリと笑っていたりするでしょう。
それが本当の自分の姿だと思いますか?
次に、鏡から離れて街に出てみます。
ショーウィンドウや電車の窓ガラスに映った自分の顔を見て、違和感を覚えたことがないですか?
疲れて帰宅する途中、公衆トイレの鏡に映った自分の顔をふと見たとき、あまりにも疲れてみすぼらしい顔になっているのにギョッとしたことがないですか?
これも本当の自分の姿なのでしょうか?
私は、鏡の前でポーズを決めて見る顔も、街中で偶然見てしまう自分の姿も、どちらも本当の自分だと思います。
状況に応じて、その場の自分のありのままを映し出してしまうのが顔なのだと思います。
人間の顔って不思議ですよね。
外の世界とのコミュニケーションで一番重要な役割を果たしていて、心とも通じている部分なのに、日常ではほとんど自分の顔を確認することができないのです。
緊張して手に油汗をかく、歩き疲れて足がパンパンにむくれるといった確かめができないのですね。
どんな表情をしていて、相手にどんな印象を与えているのか、その場では教えてくれないのが人間の顔です。
まさか、いつもかっこ良くいたいからと言って、鏡で見たままの左斜め45度に首を傾けて歩き続ける訳にはいかないですよね。
いつもいつも鏡を見て自分の表情を10分置きに確かめる訳にもいきません。
当然顔の表情は自然のあるがままに任せるしかないのですが、言い換えると、状況に応じて人間の顔はいつも変化しているのだと言えるでしょう。
顔は外の世界と心の世界が融合した交差点です。
外の世界からの刺激と内面からの要求がぶつかり合ってできるのが表情でしょう。
怒りを隠して作り笑いをする人は、周囲の空気との調和を考えて表情を作っています。
その顔は、外の世界と心の世界の交通整理をうまくすることに貢献しています。
顔(表情)は心をコントロールする主導権を持つこともあります。
ある心理学には、「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」という説がありますが、泣くという表情(生理反応)が先にあって、その後に悲しみという感情が生ま
れるという意味です。
寂しい雰囲気がある時にわざと笑ったら楽しくなるのも、顔が心をコントロールできる1つの例と言えるでしょう。
しかし、顔という交差点には、その交通整理を混乱させてしまうものが時として忍び込んでしまいます。
それが無意識で、顔は無意識が一番表に出やすい場所と言ってもいいかも知れません。
美人なのに「私は自分の顔が嫌なので整形したい」と言う人がいます。
それが半分冗談なら、言った後で微笑を浮かべるのですが、深刻に思っている人は言った後は沈鬱になります。
こういう人の場合、醜形恐怖症(身体醜形障害)ということもあるので、注意が必要です。
「自分はなんて醜くてよごれているのだろう」と思いこんだり、「誰かが自分のことを醜いと思っている」と考えたりすることがあれば、その疑いがあります。
醜形恐怖症は、幼少時の虐待やいじめなどが原因となって、無意識に生じる強い自己否定から来るものだと思われます。
そうなると、単に容姿を変えたいという願望ではなくて、精神的な症状になるので、整形などの処置をしても何の効果もありません。
これはよくある例のようですが、醜形恐怖症の人はよく整形に走ってしまい、ますます周りから敬遠されるような醜さになってしまうようです。
整形してある程度整った顔になっても、どこか醜い所を探して、そこをまた整形して・・・といったことを繰り返してしまう訳ですね。
もしこういうことに思い当たる人がいたら、「本当に美しくなりたいと思って自分の顔を気にしているのか?」と自分に問い掛けてみてください。
「醜い顔を消し去りたいと思って自分の顔を気にしているのではないか?」と考え直してみてください。
この2つの問い掛けの違いは大きいと思います。
「本当に美しくなりたい」と思っている人は、まずは自分の生まれた姿から出発するはずです。
持って生まれた自分の姿をどうやれば美しくなれるかを研究するはずです。
「素の自分」を活かしながら「自分」を変えてくれるプロがいます。
いわゆるファッションやメイクのプロです。
それらの人が手掛けて創造する「自分」と、整形外科医が手掛けて作る「自分」にどんな違いがあるかを想像してみてください。
私が「創造する」と「作る」と言葉を使い分けている意味を考えてもらえたら、その違いも分かると思います。
醜形恐怖症の人やそれに近い人が、容姿の良い他人の画像をたくさん見ながら、だんだんと自分の容姿を全否定する意識を強めてしまうのはもったいないことです。
容姿の良い人のファッションやメイクなど、自分のスタイルに取り込むように考えてみましょう。
こう言っても、醜形恐怖症のようになると、なかなかそう考えにくいのかも知れません。
もしそうなら、それは、その人が自分の外見の良さに気づいていないからかも知れません。
「外見の良さ」というのは、初めて見た時の第一印象といったものではなく、いろいろなファッションやポーズやシチュエーションでつくってみた自分の姿のことです。
先に、「状況に応じて人間の顔はいつも変化している」と言いました。
その微妙に変化した自分の顔をいくつも心に保存しておくことは、自分のありのままの容姿を受け入れるために有効な手段だと思います。
誰でもいくつか「お気に入りの写真」になり得る姿があるはずです。
そういった「外見の良さ」に気づかせてくれる姿を、鏡で見たりスマホで自撮りするなりして、いくつか探してみればどうでしょうか?
その印象をよく覚えておくことが、「自分の顔が嫌で整形したい」という執着心を薄めてくれるような気がします。
(醜形恐怖症の恐れがあると思われる人は、一度専門医の診察を受けて見られることをお薦めします。)
別に醜形恐怖症のような症状はなくても、「自分の顔が嫌で、顔を変えたい」と思っている人は多いと思います。
そんな人も、状況に応じて変わる自分の顔をいくつも知っておくことが大切ではないでしょうか。
「状況に応じて変わる顔」というのは、時に自分でも気づかない飛び切りの顔をつくる時もありますよ。
恋人と二人きりでいる時の顔はどうでしょう?
まさか、鏡で自分の顔をチェックしながら恋人と見つめ合っている人はいないでしょうが、自分がどんな顔をしているか気にはなりますよね。
だけど、「おそらくこんな顔ではないか」と想像できる人も多いのではないでしょうか?
私が「飛び切りの顔」と言ったのは、そんな時の顔ではありません。
状況によっては、恋人も今まで見たことがなくてドキリとするぐらい美しい顔が現れることがあります。
それはどんな表情なのか当人が分からないのは当然ですが、相手の恋人も言葉ですぐに表現できないくらい美しい顔であることもあり得ます。
とにかく、誰にもそんな顔があり得ることは信じて良いのではないでしょうか?
もちろん、恋のシチュエーション以外でも「飛び切りの顔」が現れることは十分あり得ます。
「自分の顔を変えたい」と言っている人にもあり得ることなのです。
皆さんは、イライラしているときの自分の顔を見たことがありますか?
余りないと思いますが、おそらく、見てみると「こんな怖い顔をしているのか」と驚かれると思います。
カッとなった時に一瞬鏡を見るか、スマホで自撮りしてみると良いでしょう。
その顔をよく覚えておいてください。
次にカッとなった時、その顔をイメージするのです。
「今、こんな怖い顔をしているのか、これはやばい、元に戻さなくては・・・」
と思い始めると、脳はそのことに注意を向けますから、カッとなった対象を脳から遠ざけることができ、怒りが和らぐと思います。
そして、普段から「お気に入りの顔写真」もスマホに保存するなりしておいて、いつもその顔を見れるようにしておいてください。
「怖い顔」を脳のアルバムから削除したら、「お気に入りの顔写真」をスマホで見てから心に写メしましょう。
脳のアルバムに「お気に入りの顔写真」が何枚か定着したら、もうスマホの写真を見なくても、自分の「お気に入り顔」を思い浮かべられるようになるかも知れませんね。
そうやって、イメージの悪い自分の顔も、お気に入りとなる自分の顔も、あまり現れることのない飛び切りの顔も、まずはできるだけ多くの自顔を知って、それを受け入れる
ことが大事な気がします。
それらの顔を自由に思い浮かべられたら、外と世界と心の世界のバランスをうまく取れていくような気がします。
「自分の顔を変えたい」という願望が強い方は、「自分の顔をいくつも持って自由に使い分けてみたい」という願望に変えてみてはどうでしょうか?
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