昨年の11月、伯母が亡くなり葬儀に参加した。
83歳で、娘さんとお嫁さんに見守られながら自宅で息を引き取った伯母……
数年前に先に旅立った伯父は、前日まで元気で過ごしていたが、伯母が朝起きたらもう息がなかったらしい。
なんという羨ましい旅立ちかた
と、今でも親族でその当時を振り返る……
親戚の葬儀に参加するのは久々だった。
よくある普通の葬儀だが、もし自分が故人だったなら?と毎度考えてしまう。
(自分は無宗教)
・こんなに何度もご焼香もお経もいらんわ
・戒名にお金つぎ込むの無意味よ?
・こんなにたくさんのお花、もったいない
・泣かないでくれ~
やっとあの世に行けるのよ?
などと、さも自分事のように物事を見てしまう変人なのである。
更には葬儀の後の『集合写真』、自分だけ外れたいとも言えずそこに入ったが、後に来た立派な台紙付きの写真すらも無駄なものしか思えず……捨てることも出来ずに困っている。
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実家に行くと、父(89歳)が大量の集合写真を出してきて……
『もう誰が誰だかわからん!全部捨ててくれ~!』と言う☝🏻
集合写真のみならず、誰だがわからない人たちのブライダル写真がごっそりとそこにはあった![]()
誰が誰だか自分にもわからないのに、自分が亡き後、それらを見た子供たちは尚更『誰が誰だかわからん』のだから処理するなら今かもしれない☝🏻
ああ、もったいない
結局、こうなるのか………
一体、いつから葬儀に集合写真がセットになったのだ?と毎度不思議に思う。
ちなみに、伯母の長男である従兄に『写真頼んだの?』と聞くと『頼んではいない』とのこと。
まあ、葬儀屋が決めていることなのであろうな………
数十年後には捨てられてしまう集合写真
ああもったいない
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自分の亡き後は写真はもちろん、葬儀すらも『頼むからしないでくれ~
』と今から息子たちにお願いしてある。
亡骸を皆に見られながら棺いっぱいのお花
とんでもない
絶対にやめて!と今のうちから伝えている。
葬儀ナシ
お経ナシ
墓要らない
香典要らない
生きている間、いかに人生を楽しめるかである

