ケンタッキー、マック、モスバーガー、こんな田舎でもそこそこある。
自分にとっては全く魅力を感じない食べ物だが、頂きものは有り難く頂いてとりあえず食べてみる。
外食はほぼしないが、付き合いで行く場合有り。
自分のご飯が1番美味しい🎵
大手コンビニ弁当は1度舌がピリピリしてからもう10年以上は買っていない。ただし、セイコーマートのおにぎりだけは平気☝🏻
ラーメン屋さんは誘われたら行く程度。
旨いけど、後に喉が異常に乾いたらもう行かない。
ジュースはセイコーマートのオレンジジュースかリンゴジュースを購入していたが、トマトジュース、ブドウジュースなど手作りジュースが美味すぎて、それすら自然と飲まなくなった。
甘いものは食べたくなったらクッキーやケーキなと自分で作れるものは作る。
ただ、この麩菓子は気に入っていて年に何度か購入している。
腐敗しない食べ物は何らかの物質が組み込まれているのだから、お土産で頂いたケーキやお饅頭も疑いながらも食べてみて違和感を感じたなら残念ながら廃棄している。
完全完璧に排除するのは難しいし、あまり神経質にもなってはいない。
最近、『四毒抜き』という文字を見かけるようになって調べてみた。
砂糖、小麦粉、乳製品、植物油を控える健康法(?)らしいが、自分には無縁だと思った。
小麦粉も乳製品も植物油も甘いものも、食べる。
だけどカラダすっきり健やかである。
自分のカラダの事は自分で決めたいヘソ曲がりな自分
人のカラダなどそれぞれ違うのだから。
あれがカラダにイイ
これがカラダに悪い
ヴィーカンやベジタリアンの人もいたりする。
様々な情報が行き交う現代社会
何がイイか悪いかではなく、自分のカラダが美味しいと喜ぶ食べものはカラダが必要としている、そう思っている。
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秋に次男が釣りで帰省した際、おもしろい話を聞いた。
『最近、ジュースがまずく感じて水がやたらと旨い』
コカ・コーラも大好き、甘々の炭酸飲料も飲みまくっていた次男がパッタリと水しか飲まなくなったのだ。
『おかぁうちの水、美味いんだよな』
と、我が家の青い瓶に入れ太陽に充てた水道水をゴクゴク飲む次男は、旭川ではコンビニで水を購入しているらしい。
我が家の飲み水は全てコレ↑
『焼き肉も旨くないんだよな』
『おかぁのナス(栽培した)食べたらスーパーのナスが旨くない』
など、自身の食生活の変化について語っていた。
そう言えば自身も『焼き肉』をしばらく食べていない。
鹿肉を頂いてその旨さを知ったのもあるが、『焼き肉』(豚肉、牛肉)が特別美味いとは思わなくなったし、食べたいとも思わない。
決定的だったのが、アルバイト先の忘年会が焼き肉屋さんで(口には出さないが)胸焼けがしたこと。
自分が美味しいと思うもの
なんかおかしいと思うもの
また食べたいと思うもの
2度と食べたくないと思うもの
カラダの反応、自分の感覚、違和感を大切にしていると
不要なものは自然と消えて無くなる。
美味しいと思って食べていたものが、いつのまにか美味しいと感じられなくなったり、スーパーに並んでいる加工食品などは全く魅力的ではなくなった。
そんな話で次男と盛り上がった。
そして結論☝🏻
○○がイイとか悪いとかよりも食べたいなら食べたらイイし、食べたいものをガマンするよりも食べて幸せを感じた方がイイよね☝🏻
そこに落ちついた。
カラダが必要としないものは自然と自分の世界から消えて無くなるのだから。
そして、カラダの事だけではなく世の中のイベントも自分の世界から消えつつある。
クリスマスも既に自分の世界には無い。
おもしろいのが、自分の世界に無いものは目に入らなくなった。
クリスマスケーキも今季1度も目にしていない



