アルバイト先の出来事
 
 
来年卒業予定の3年生
実習(企業で短期間の勤務)が始まった。
 
今時期は、ほぼ就職内定している子たちも多く、Yくんも張り切ってある企業へと向かったのだが、なんと2日で切り上げて帰ってきた。
 
Yくん「想像と現実は違った、自分には合わない」
とのこと。
 
我慢して最後まで勤務するよりも、早めに切り上げて別の企業へ実習に行こうと、自分で決めたらしい。
 
 
ところが担当の先生には
「我慢が足りない」と、叱られたとか真顔
 
 
 
 
私🌱「誰に何を言われても、自分でそう決めたらそこに進むといいよ」
 
 
 
 
他人が決めた道で失敗したら他人の責任にするが
自らが決めた事で失敗した時は自分の成長に繋がる
 
だから、自分で決めれる事は自分で決めたらいい
 
 
日頃から生徒にはそう伝えている
 
 
自分で目標を決めた人は、その目標に向かう為には耐え忍ぶことが出来る。
忍耐は、自己の内側から出てくるもの。
だからストレスにはならない。
 
 
一方、自分の道のりなのにハンドルすら持たせてもらえず行きたい場所にすら向かえない。
違和感がありながらも、NOとも言えず従う。
我慢は、自己の外側からのもの。
これがストレスに繋がる。
 
 
 
 
 
我慢は外側からのもの=人のせい
忍耐は内側にあるもの=自分のため
 
 
 
『我慢させられた』とはいうが、『忍耐させられた』とは言わない。
 
 
 
我慢してきた自分を褒め称える人や
自分が我慢してきたから我慢するのがあたりまえと次の世代に押し付ける人がいる。
 
 
我慢することってそんなにすごいことか?
我慢にも限界があるでしょう?
 
 
我慢が美徳の時代はもう終わりにしたい。
負のループは気づいた人から断ち切ることだ。
 
 
また忍耐とは違い、我慢はストレスにしかならない。
ストレスも限界を越えると心の病へと繋がる。
 
 
 
 
 
だけど、その体験(我慢の)も、ある意味必要なのかもしれない。
なぜなら、私もその体験を得てこそ今そう思えるようになったのだから。
 
 
 
Yくんの担当の先生へ伝えたい
 
子供の選択を非難するのではなく、子供の選択を見守る忍耐を身に付けたらいいよ☝️とウインク
 
きっとその先生も、我慢させられてきたのでしょう。それを良かれと信じているのかもしれない。
 
 
私は我慢はしない。
おかしいと思うことは、相手に伝えるようにしている。
 
ひとりひとりが、その意識を変え負のループに気付く事で未来はよりよく変わるのだと思っている。