久々にKさんの畑へ……

 

ツルムラサキ
 
このピンクのが花で、これが種になると思われる。
 
タネは予約済チョキ
 
 
何やら黙々と作業をしているKさん
 
 
伸びたランナーでイチゴ苗のポット作り
しかも大量だ。
 
 
聞くと、ジャンボイチゴをもっと増やすつもりらしい。
 
以前いただいたイチゴ
ジャンボな私の手に、ジャンボなイチゴ🍓
 
ここ全体に↓ポーン
 
私「来年、イチゴ農園始めるの?」
 
Kさん「いやぁ、大きいイチゴが喜ばれるからなぁ、皆で食えばいいべさ」
 
どうやら、友人や知人が大きなイチゴだけを選んでいくらしい。
 
そしてまた、みんなで……だ。
 
 
どのくらい苗作るの?
 
Kさん「2000ぐらい」
 
 
私「大きなイチゴじゃなくても良くない?小さいイチゴでも甘くて美味しいし……」
(実際、小さいイチゴの方が甘味が強い、言えないけど…)
 
 
4種類ある品種のうち、大きいイチゴを増やしたいそうだ。
ひとりで地べたに座り、切っては詰めを繰り返している。
私も見てられず、2時間ほどお手伝いした。
 
 
そのうち……
 
Kさん「やってられんな!金に成るワケじゃないのにな!」
と、愚痴が始まったニヒヒ
 
私「そーだ、そーだ、やめちゃえ!カラダ壊すよ!」グラサン
 
でも、彼はやめないで今日も苗づくりをしているのであろうな……キョロキョロ
 
 
 
 
私もKさんも共通しているのは
 
人の喜びが自分の喜びなのだ。
 
 
 
私も、大量にお野菜を作っているからよくわかる。
喜んでほしい……それだけ。
 
 
虫食いあるならいらない
拵える時間がない
買わなくて済んだ
 
など、残念な言葉が返ってきた。
 
選んで貰うと
キレイ、形がいい、大きい、虫食いがないを選び、それ以外は残る。
 
無料でもその反応だ。
 
では、お金が絡むとどうなるか。
 
 
野菜の中など、切ってみなければわからない。
ましてや、無農薬で栽培しているのだから、そこに「絶対」はない。
 
お金が絡むと、「絶対」「完璧」を求められる。
 
だから、私はお金は貰いたくないのだ。
 
人は、自分は完璧だと思っている人ほど、外側に完璧を求める生きものだ。
 
完璧な人間などどこにもいない。
凸凹だからいいのだ。
 
 
全体の2割くらいの方たちが、どんなものでも喜んでくださる。
8割の方々は、キレイ、形がいい、虫食いがないものを求める。
 
残念だが、現実はそうなのだ。
 
 
多くの人々が求めるものは
簡単、便利、楽チン、キレイ、美味しい、大きい、そして安いもの
 
無農薬じゃなくてもいい
多少は仕方がない
 
と言う。
 
 
 
求めるから、それらが並ぶ。
 
生産者がそれらを出荷するのは、それらを求める消費者がいるからだ。
 
 
 
お米が店頭に並んでいなくて、
先日いただいた無洗米を、お米がないという父に持って行った。
 
 
 
 
お米が食べられなくなった時
 
どれだけの人々がお米農家さんに対して感謝の気持ちを思い出せるのだろうか。
 
お米だけではない
 
あたりまえにスーパーで購入できた食材が消えた時、生産者に感謝の気持ちを思い出せる人は何割いるのだろうか。
 
 
時間と労力を使い、土にタネを植え、大切に育てている農家さんには、本当に頭が下がる思いだ。
それは自分が体験しているから、尚更そう思える。
 
 
きっと農家の方々も、消費者がどんなものでも喜んでくれた時、スーパーには無農薬で形が悪く、虫食いのお野菜が並ぶのだろう。
(いろいろ要素が絡み合っていて、簡単ではないが)
 
そんな世の中を私は望んでいる。
 
 
Kさんも、ジャンボイチゴ(品種は不明)を大量に作ることをやめるのかもしれない(笑)
 
 
 
先日、苗がダメになった、と小さなスイカをKさんにいただいた。
 
 
こんなに小さくても
 
 
甘くて瑞々しくて、幸せな気持ちになった❤️
 
Kさんが、弱ったスイカの苗にヒトデと納豆菌を撒いて必死に育てた小さなスイカおねがい
植物もKさんも、健気で逞しいニコニコ