大切にしたい人ができた時に

 

 

 

 

 

 

「あー、この人のこともっと大切にしたいから、

 

自分のことをもっと大切にしよう」

 

 

 

 

 

 

と、思ったことがあるわけで。

 

 

 

 

 

 

 

人を大切にする順番として、

「まずは自分を大切にする、その次が他人」というのが鉄則としてある。

 

 

 

 

 

日本社会では「他人に優しくしましょう」「思いやりを持ちましょう」という教えがまだまだあり

まずは自分、ということが鉄則として浸透しているとは思えず、

むしろ「自分勝手」と否定されてしまうこともあると思うのだけれど。

 

語弊を恐れずに言えば、

「自分勝手でいい」のだ。

これは口酸っぱく自分にも大切な人(子供とか)にも伝えたいところ。

 

 

 

 

 

 

 

 

自分を大切にする前に他人を大切にしようとすると、

一時的には尽くせるかもしれないけど、

そのうち枯渇して自分が苦しくなってしまうし、

「私は優しくしてあげたのに、帰ってこない」と

相手を逆恨みするような結果にもなりかねない。

 

 

 

 

 

 

自分より大切にしたい人を大切にしようとしたのに、

結果、どちらも不幸になるという結果になってしまう。

そんなの、悲劇だ。誰も望んでいないはず。

 

 

 

 

 

 

別の例で説明してみる。

 

 

 

 

 

 

 

愛する子供と2人で飛行機に乗っているとする。

 

 

 

 

 

 

 

その飛行機が墜落しそうになっているとする。

 

 

 

 

 

 

 

酸素マスクが天井から降りてくる。

 

 

 

 

 

 

ただ、マスクは一つしか降りてこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

どうする。

 

 

 

 

 

 

自分につけるか、子供につけるか。

 

 

 

 

 

 

助かって欲しいという一心で、

子供につけたくなるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

ただ、考えてみてほしい。

 

 

 

 

 

子供だけ助かったところで、

自分が死んでしまったら、

その子供は助かるだろうか?

 

 

 

 

 

 

周りに親切な大人がいればいいが、それは賭けだ。

パニックの状況の中で、

周りは子供を無視して行ってしまうかもしれない。

 

 

 

 

 

 

子供だけ助かっても、

子供は「どうすれば助かるか」「どこに行けば助かるか」を知らない。

だから結果的に両方助からなくなってしまう。

 

 

 

 

 

 

子供を助けたいからこそ、

自分がマスクをつける。

 

 

 

 

 

 

そして、2人とも助かる可能性を選ぶことが

正解になるかと思う。

 

 

 

 

 

 

自己否定とは、

「自分よりも大切にしたい誰かを、自分よりも大切にすると決めたこと」なのだ。

自分や他人を大切にする方法が間違っていたり、偏っただけ。

だから、全然責めなくていい。

 

 

 

 

 

 

 

社会で責められている悪も、

元を辿れば、誰かを大切に思う気持ちから自分を押し殺していた可能性はある。

 

 

 

 

 

 

ただ、

その方法が間違いだと気づいた今、

それを続けていては状況は悪化するばかりだ。

 

 

 

 

 

 

他人を大切にできる人間になるためにも、

まずは自分を大切にする。

 

 

 

 

 

自己否定が強く、あまりにも自分を蔑ろにしてきていた方の場合、

「他人に全く優しくできず、自分のことしか考えられない」時期が必要なこともあるかもしれない。

他人を大切にできない自分を、責めたくなってしまうかもしれない。

でも、それは責めなくていい。

 

そこを超えると、

自分から溢れた分だけの愛を他人にあげられて、

他人を大切にできるようになる。

 

 

 

 

 

 

他人を信じよう。

他人から自分がありのままで愛されるかもしれないという可能性を信じよう。

怖いけど。

我慢し過ぎるのをやめよう。

 

 

 

 

 

 

自分のことを嫌う権利は相手にあるのだから、

「嫌われないために」と生きることは、

相手の権利(自由)を奪っていることになる。

 

 

 

 

 

そこは、相手に委ねよう。

 

 

 

 

 

 

 

その人からかはわからないけど、

自分の全てを愛してくれる人と出会えることを信じよう。

そして、同時に

生きている間には出会えない可能性があるということを諦めながら進もう。

 

 

 

 

 

 

 

「信じる」と「諦める」という

一見矛盾しているように見える気持ちを

一緒に抱えて行こう。