「お能」のイメージって、どんなですか?
私は、正直、とっつきにくい感じ・・とか、眠くなりそう・・
とか・・←先生、すみません
そんなイメージを持っていたのですが・・・・
先日お能のお稽古の初体験をしてきました
ちょっとイメージ変わったかも![]()
お能っておもしろそう
今回の和塾の講師の方は、
観世流能楽師・馬野正基先生です。
和塾のサイトhttp://wajuku.exblog.jp/
の、女性のクラス「くのや和塾」の、ブログもアップしているのですが、、、
そこから、少し抜粋。
能の歴史
6世紀の中頃、雅楽が大陸から伝わり、
田楽と言われる、天下泰平、五穀豊穣の為に神様に祈りをささげるために、
舞を舞っていました。
また、猿楽といわれる、物真似(鹿、馬などの動物の真似)や、曲芸、奇術、などの芸が、
次第に、音楽や楽器、鳴り物などを加え、歌を詠み、節を付けるようになった、謡(うたい)の芸能が出てきます。
これが、申楽(さるがく)といわれる、能の原型となりました。
そして、芸能一座があちこちに出来てきます。
京都、奈良などの都を中心に、芸能集団がたくさん出来、芝居小屋ができていました。
そして、ある時、四代将軍足利義満公が、結崎(ゆうさき)座という、申楽の劇団を見て、観阿弥が認められました。その時の観阿弥の息子(世阿弥)が義満公の目に止まり、わずか12歳でしたが、将軍の寵愛を受けることとなり、その絶大な後援を得て能を一層優美な舞台芸術に高めました。
世阿弥は、室町時代に、足利家の支援を受け、500曲以上の作ったと言われています(現存は約200曲)
初心忘るべからず
世阿弥は、たくさんの書を残しました。風姿花伝(花伝書)もその一つ。
観世太夫に残す技術書としても、後世に残されていますが、
その中の、誰でも知っている、名言「初心忘るべからず」ですが、
これは、人間関係などに使う言葉ではなく、
年齢や、芸の進歩によって、最初の基礎技術を忘れてしまうことを戒める為の言葉で、能を初めて稽古をした時の気持ちをくれぐれも忘れるべからず、ということが句の真意です。
戦国時代以降
戦国武将も、皆、能を好んでました。
武田信玄、前田利家、織田信長、また、豊臣秀吉は、自らも舞うほどの能楽好きだったそうです。
そして、江戸時代に入り、徳川家もそれを継承しており、
現在の能楽のベースは、江戸時代に形が出来たとされています。
江戸城には、城内に3箇所も能楽堂があったとされ、参勤交代の武士たちが、城中で、自らの能舞を競い合うほどだったのです。
また、美術的にも、江戸時代に頂点を極めたのでした。
ちょっと固かったかな
初心忘るべからずは、お能の世阿弥から来てるんですよね~~
もう少し、詳しく読みたい方は、こちらへ・・・
お稽古のシーンの動画もあります![]()
http://wajuku.exblog.jp/12267407/#12267407_1
お稽古のあとは、近くのお店で、先生を囲んで、みんなでビール
お能のお話で、大変盛り上がりました
私服の先生は、ダンディな洋風な方です
三聲会(さんせいかい)
第2回青山公演
平成22年5月13日(木)
午後6時30分開演
銕仙会(てっせんかい)能楽研修所
入場料3000円(全席自由)
お能、見に行くのが楽しみになりました~~
先生、よろしくお願いいたしま~す



