通訳の世界には正解がない。
口译的世界里并没有正确答案。
Kǒuyì de shìjiè lǐ bìng méiyǒu zhèngquè dá'àn .
長井鞠子さんはこの本で何度もおっしゃっているのがこの「通訳の世界には正解がない」ということ。
長井さんがプロの通訳者になって数年がたち、仕事にも馴れてきた頃、小松達也氏に次のように言われたそうです。
「最近、まわりにチヤホヤされて、いい気になっていないか?」
“妳最近是不是有些得意忘形了?”
“ Nǐ zuìjìn shìbùshi yǒuxiē déyìwànxíng le ? ”
※中国語の疑問文にはいくつかの形があります。
※ここでの表現は相手の気持をかなり気遣っていて、日本語の「思い」が表現されていると思います。
キツい調子ではなく、やんわりと言われたとのことですが、長井さんは思い当たるフシがあったそうです。
天狗になってつもりはないけれど「通訳ができる」と思ってたとのことです。
この時に長井さんが思ったことは、
通訳の世界には正解はありません。
終わりがないといってもいいほど、繊細で奥深い世界なのです。
しかし「自分はできる」と満足してしまえば、通訳者としての技量あそれ以上伸びることがないでしょう。
それを小松は言いたかったのだと思います。
口译的世界里并没有正确答案。
甚至可以说,这是一个没有终点、细腻又深奥的世界。
可是,一旦觉得“自己办得到”因而满足,就很难再提升口译员的能力。
我想,小松想提醒我的应该是这一点吧。
Kǒuyì de shìjiè lǐ bìng méiyǒu zhèngquè dá'àn .
Shènzhì kěyǐ shuō , zhè shì yīgè méiyǒu zhōngdiǎn 、 xìnì yòu shēn'ào de shìjiè .
Kěshì , yīdàn juéde “ zìjǐ bàndedào ” yīn'ér mǎnzú , jiù hěn nán zài tíshēng kǒuyìyuán de nénglì .
Wǒ xiǎng , Xiǎosōng xiǎng tíxǐng wǒ de yīnggāi shì zhè yīdiǎn ba .
通訳の世界だけでなく、すべてのことが終わりがなく、繊細で奥深い世界だと思います。
だから、いつまでも謙虚で学ぶ姿勢を持ち続けていなければならない。
そして、ふと気を許すと出てくる慢心を自分自身で諌めなければなりません。
切っても切っても生えてくる爪。
辛抱強く切っていくしかありません。
まさに、
活到老,学到老。
Huódào lǎo , xuédào lǎo .
「人生、死ぬまで勉強。」
