『聞く力-心をひらく35のヒント』から日本語と中国語の表現の違いを楽しみましょう。
24 なぐさめの言葉は二秒後に
24 安慰 的 话语 , 停顿 两 秒 后 再说
24 ānwèi de huàyǔ , tíngdùn liǎng miǎo hòu zàishuō
この二つの表現を見比べると、日本語は「なぐさめの言葉は二秒後に」で終わっていて「二秒後に何をするのか」は書かれていません。
これは「書かなくても(表現しなくても)わかることは省略する」という典型的な例で、中国語はそれを省略せず、「なぐさめの言葉は二秒時間を置いた後に言う」と「何をするのか」具体的に表現していますが、これはさておき、
「なぐさめの言葉は二秒後に」
これは私の持っている「聞く力」の帯でも紹介されているようにアガワ流対話術の極意の一つです。
対談をしていて、対談相手が気持ちが落ち込み気弱な発言を漏らしたとする。
例えば作家が、
「僕はもうすっかり売れなくなってしまったから、そろそろ引退しようかと思っているんですよ」
と言った時、どのように対応するのがいいか。
きっと発言者は謙遜しつつも優しい言葉を待っているはず。
だから適切な言葉で相手をなぐさめる。
そのことを検討したら、
「なぐさめの言葉は二秒後に」
だったということなのですが、このことは次回にご説明するとして、今回は、“安慰的话语,停顿两秒后再说”だと思う前の阿川佐和子さんが「そんなあ」と対応していたというのです。
この対応、対談の連載を始めたばかりの頃のことで、出版社の上層部の方に、
「アガワさんは対談の中で『そんなあ』と応えることがずいぶん多いね」
“ 你 在 谈话 中 使用 了 太 多 ‘ 怎么 会 ’ 来 回应 嘉宾 。 ”
“ Nǐ zài tánhuà zhōng shǐyòng le tài duō ' zěnme huì ' lái huíyìng jiābīn . ”
と指摘されたことがあったといいます。
このとき阿川さんはこの指摘の裏にどういう意味がこめられていたのかよくわからなったといいますが、今は、
「同じ相づちを繰り返し打つと、読んでいて、やや目障りだ」
“ 总 用 同一 句 话 反复 应和 , 会 让 读者 阅读 时 感到 很 障 眼 ”
“ zǒng yòng tóngyī jù huà fǎnfù yìnghè , huì ràng dúzhě yuèdú shí gǎndào hěn zhàng yǎn ”
という意味と、
「そういう曖昧な受け答えには相手に対する誠意が感じられない」
“ 这种 含糊 的 应答 使 嘉宾 感觉不到 诚意 吧 ”
“ Zhèzhǒng hánhu de yìngdá shǐ jiābīn gǎnjuébùdào chéngyì ba ”
ということだったと理解しているとのことですが、「裏」を読みますね~(“隐含了什么意思”)
さて、「そんなあ」という日本語表現に対する中国語表現ですが、すでに出てきていますが、次の表現の中で確認します。
なんとかなぐさめる手立てはないものかと思った末に「そんなあ……」という、いかにも中途半端な言葉がつい、出てしまったのです。
当 我 思考着 “ 有没有 可以 安慰 人 的 方法 呢 ” 的时候 , 通常 头脑 中 闪现 的 都 是 “ 怎么 会 ” 这种 含糊 的话 。
Dāng wǒ sīkǎozhe “ yǒuméiyǒu kěyǐ ānwèi rén de fāngfǎ ne ” deshíhòu , tōngcháng tóunǎo zhōng shǎnxiàn de dōu shì “ zěnme huì ” zhèzhǒng hánhu dehuà .
「そんなあ」という日本語表現に相当するのは“怎么会”でした。
こういう短い、ちょっとした表現って背景が読めないし訳しにくいですね。
