「好奇心」 | SC神戸中国語スクール 京都校

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ニトリ 成功の5原則とは;

 

①愿景(志向)
②目标(中长期目标)
③热情
④执着
⑤好奇心

 

でした。

今日は、第5章(最後の章) 「好奇心」が革命のもとになる から「好奇心」についてご紹介します。

 

第5章 “好奇心”是革命的源泉

 

好奇心也源自愿景与目标

 

所谓好奇心是指“每时每刻想发现新事物”。

只是单纯地“喜欢新事物”,并非NITORI所言的好奇心。

我总是一边琢磨“有没有什么东西可以用来帮助我实现愿景与目标”,一边不断寻找,这才是NITORI所言的好奇心。

也就是说,好奇心也可以源自愿景与目标。

 

◎ 琢磨 zhuómó
(1) [cut and polish]∶琢和打磨[玉石]
(2) [polish]∶通过润色加以修改(指文章等)
◎ 琢磨 zuómo
[turn sth.over in one’s mind;ponder] 思考;研究

 

好奇心とは、「常に新しいものを発見しようとすること」です。

ただ単に「新しいものが好き」というのは、ニトリで言う好奇心とは違います。

「ロマンとビジョンを達成するために、何か仕事に取り入れられるものはないか」と常に考え探し続けることが、ニトリでいう好奇心です。

つまり好奇心もまた、ロマンとビジョンから生まれてくるわけです。

 

すべてが「愿景」「目标」なのですね。そして、

 

「何か仕事に取り入れられるものはないか」

 

いつも仕事のことを考えておられるのですね。

 

中国語も同じだと思います。

「愿景」と「目标」があればよいのでしょうが、なかったとしても「何か中国語学習に取り入れられるものはないか」といつも考えていたら、中国語ができるようになるでしょう。

 

ちょうど「NANA」という映画で、名ギタリスト・レンが「あれだけ練習すりゃあ誰だって(ギターが)うまくなる」と言っていましたがその通りでしょう。

寝ても覚めても中国語のことを考えていたらそりゃあできるようになりますよ。

 

でも、学生ならいざしらず、社会人になってから中国語を学び、身につけようとすると寝ても覚めても中国語。という訳にはいかない。

ではどうするか?

頭を働かせてできるだけ効率の良い方法で学び続けるしかないでしょう。

どうやったら効率の良い方法で学ぶことができるのでしょう?

それは「自分に合った方法」を探すことです。

色んな方法を試してみて自分に一番合った方法を探し出す。

これが一番なのですが、自分のことはわからないもの。

ということで誰かに相談するのがいいでしょう。

中国語についてではなく、中国語の学び方について、専門家に相談するのがいいでしょう。

周りに専門家がいないのならどうしたらいいのでしょう?

英語の学習方法についての本を読んだり、第二言語習得方法について本が有効です。

 

 

 

 

 

 

ところで今回の表現で;

 

「常に考え探し続ける」

 

というのは中国語表現で;

 

“一边琢磨……,一边不断寻找”

「一方であれこれ十分に考え、一方で常に探す」

 

と動詞を二つに分けています。

この表現は、翻訳・通訳をしていて:

 

「常に」は“总是”、「考え探す」は“想、寻找”、そして「…し続ける」は“……下去”というふうに「言葉」にとらわれていると直訳になり、中国語らしい表現にはなりません。

ここはざっくりと意味をとり、その意味を中国語で自然な表現にするようにしないと日本語的な中国語やとってつけたような表現になるでしょうし、何より翻訳者・通訳者自身が「訳せない!」とパニックになってしまいます。

 

これはたとえば「鳩」という文字を考えてみます。

 

日本で言う「鳩」は平和の象徴であったり、マジックで出てきたりしますが、中国語圏で「鳩」は食べるもの。

 

昔、アグネス・チャンが言っていました。

 

「日本に来て、公園に鳩がいた。そのときに『おいしそう!』って思った。」

 

日本語の「鳩」を中国語で“鸽子”と翻訳・通訳する。

もちろんこれは間違いではありませんし、正しい翻訳・通訳です。

でも、日本語の「鳩」を平和の象徴として伝えたいと思っている話者や作者なら、その気持を汲んで中国語では意味を足した方がいいでしょう。

 

こういうことを考えていると、翻訳・通訳は決して単に単語を置き換えるだけではないということがわかってきます。

そして単語に囚われすぎるとその後ろにある話者や作者の意図や思いがわからなくなります。

単語はヒントであり話者や作者が伝えたいことの一部分。

単語という「かけら」から話者や作者の伝えたいことを推測、想像する。

それが翻訳であり、通訳だと思う、今日このごろです。

 

第 5 章   “ 好奇心 ” 是 革命 的 源泉
Dì 5 zhāng   “ hàoqíxīn ” shì gémìng de yuánquán

好奇心 也 源自 愿景 与 目标
Hàoqíxīn yě yuánzì yuànjǐng yǔ mùbiāo

所谓 好奇心 是 指 “ 每时每刻 想 发现 新 事物 ” 。
Suǒwèi hàoqíxīn shì zhǐ “ měishíměikè xiǎng fāxiàn xīn shìwù ” .

只是 单纯地 “ 喜欢 新 事物 ” , 并非 NITORI 所 言 的 好奇心 。
Zhǐshì dānchúnde “ xǐhuān xīn shìwù ” , bìngfēi NITORI suǒ yán de hàoqíxīn .

我 总是 一边 琢磨 “ 有 没有 什么 东西 可以 用来 帮助 我 实现 愿景 与 目标 ” , 一边 不断 寻找 , 这 才是 NITORI 所 言 的 好奇心 。
Wǒ zǒngshì yībiān zuómo “ yǒu méiyǒu shénme dōngxi kěyǐ yònglái bāngzhù wǒ shíxiàn yuànjǐng yǔ mùbiāo ” , yībiān bùduàn xúnzhǎo , zhè cáishì NITORI suǒ yán de hàoqíxīn .

也就是说 , 好奇心 也 可以 源自 愿景 与 目标 。
Yějiùshìshuō , hàoqíxīn yě kěyǐ yuánzì yuànjǐng yǔ mùbiāo .