今日の観察-day896



引いて観る時と、呑まれる時と。




「今、どんなことを感じているのか」を

ストリーミング再生的に観る時と、

現実の事象=仕事上の業務に

呑まれる時と、半々くらいの一日。



呑まれる時はたいてい、

“焦り”や“怒り”だったりする。



いわゆる、「ネガティブ」な

感情に囚われている時だ。



観察視点が立つのは本当に真逆で、

「ゆとり・余裕」がある時だと気づいた。



一昨日、師匠から久々に

メッセージを頂いて、

急に華厳経を読みたくなった。


 

 


“諸の心業の力の、荘厳する所なり”



真理はずっと伝えられているのに、

それを理解する力を持たぬ者よ…と、

今ならこの一節だけでも

明快に解説できる程度には

“分かった”状態にあると思う。



文字にすると、

なんと簡潔で奥深く伝わりづらいことか。



自分を追っていて、

この一節の意味するところが

手に取るように見て取れた。



あぁ、「孤独」とは、

寂しさなどの感情を表すものではなく

こういう状態のことなんだな…と思った。



同時に、

“ワンネス”や“全体”といった世界が

果てしなく遠く感じられた。



夏至の日、

深い気づきを頂いたことに、感謝を。



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お読み頂きました皆様、

本当に本当に

ありがとうございます。