今日の観察-day883

あるんだな…と思った件。
今日は女性の方が二人、
入社の手続きと諸々のために
事務所で説明を受けていた。
それを眺めながら、
どこに配属されるのかが
気になる私がいた。
“同じコールセンターなら
比較されてイヤだな…”とか
“いや、新しく人が入る方が
刺激になるかも”とか思いながら
見ていたが、
どうやらパート社員枠の採用のようす、
ホッとする気持ちと
研修が私に集中するプレッシャーとが
交錯するのを感じていた。
ガッツリ、「比較・二元性」から
展開している。
それを切断し、
今できる業務に集中する。
他にも、
今日はやたらと人材採用に関わる
着電が多かったものの、
マネージャーの対応を見ると
私が入社した1ヶ月前のように
まとめて採用する予定は
なさそうなので、
“応募の時期がズレていたら
ここにはいなかったかも
しれないんだな…”と
タイミングの重要性を再認識した。
面接をしてくださった部長が
私のどこを見て採用に至ったのか、
いつか聞いてみたいものだ、と思った。
最善のタイミングとは、
自ら流れを創った結果として
到来するものであり、
一瞬ののち過ぎ去るものなんだな、と。
もう一つ、私の意識が
引っかかったことがある。
部署のマネージャーが
コールセンターへの人材登用を
提案する営業電話を受けて、
もらした一言。
“とてもコールセンターあてに
電話してくるような話し方じゃない、
話したいと思わないわー”
これを受けて、
意識の落としどころが
ハッキリした。
自我を削ぎ落とすために
転職してコールセンター業務に
就いたのに、
「役に徹しきれていない自分」、
つまり、
「私=自我」最前線にいることが
よーーく見えた。
「慣れ」てしまってからでは、
削ぎ落としにならない。
明日は休みだが、
いつ、いかなる時も
自我の消滅に挑んで!!
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お読み頂きました皆様、
本当に本当に
ありがとうございます。