今日の観察-day822



のっけから何ですが……



気が重い。



なぜなら…



明日、神寄木先生の

セッションだから。



ふぅぅー……



夏休みの宿題が終わっていないのに

新学期が始まった気分。



私は長い間ピアノを習っていたが、

たまに練習をサボった状態で

レッスンに行くことがあったが、

あの時のビクビクしたカンジと一緒。



うしろめたさで、目を合わせられない。



そう、別に先生側は

生徒が練習してこようがサボろうが

痛くも痒くもないのだから

「やってきませんでした」でも

現実的に「問題」になることはないはずだが、


どうにも居心地が悪い。



なら、やれよという話だが

何とかバレずに済ませたい、

ちびん子状態にある。



ほんと、幼いよね



あぁ、これも、

「私は認めていますけど、何か?」的な

開き直りですね…。



学校に行きたくない子供の気持ちが、

よーーく分かるが、

うしろめたいということは

やらないと自分が困ることが

分かっている証拠だ。



ては、どんな風に困るのか。



真っ先に出るのは、

「できない人間だと思われると困る」

だな…。



観察として見るなら現状は、

「進んでいない」または「現状維持」が

適切だろうか。



まぁ、どちらにしても「停滞」だけど。



今、私が創造主として放っている意識は

「停滞」または「退化」と

認識されるということ。



ぐはっ……


やってることと言ってることが

真逆ですか。



しっかり、

鍛え直して頂きに行ってきます。



神寄木先生、ありがとうこざいます。



別件で、吹っ切れたことを一つ。



神秘体験とか奇跡とか特殊能力とか、

その全てがどうでもよくなった。



なぜなら、

どれほどの神秘体験であっても

「それを体験として認識しているもの」

がある以上、

真の覚者ではあり得ないから。



純粋鑑賞意識がどんなものなのか

想像もつかないが、

特殊能力を使いこなしたとしても

それを「特殊」だと認識する時点で

自我が存在していることになる。



何年も特殊能力が発芽することを

願っていたが、

そこから卒業できそうだ。



・・・・・・・・・・・・・・


お読み頂きました皆様、

本当に本当に

ありがとうこざいます。