今日の観察-day766



何度も思い出す、失った千載一遇のチャンス。




楽器の件も片付いたし、

子供の受験もそろそろ終盤。



親としての役目や大きめの仕事が

終わりを迎えている。



変化のタイミングなんだと

薄々感じてはいるが、

我が執着を離さない。



そんな中での、

神寄木先生の記事。



特に刺さるのが

「最善のタイミング」や「初動のしんどさ」

だが、

これを目にする度に未練が募る。



それは、5年ほど前に

師匠からあるご提案を頂いたが、

とても当時の私には考えられない世界線で、

秒で「ムリです」と言ったことだ。



もちろん今なら

“流れに乗ってからそれに成る”を選択するが、

あの時今のような知識があれば、と

つい思ってしまう。



師匠なら

強引に流れを創ることもできただろうが、

あえてそれをされなかった。



それも、

私が独り身なら強制的にでも

その道を歩まされただろうが、

「初動のハードさ」と関連するので、

環境や行動があまりに変わりすぎると

家族という集団が巻き込まれてしまうことを

危惧されてのことだった。



今現在の私をとってみても、

想像もしなかったような仕事をしているが、

果たしてそのタイムラインなら

どんな景色を見ていただろうか。



自我を超えて

初動のハードさを選択していれば、

垣間見えたかもしれない、その世界。



師匠や神寄木先生の見ておられる、世界。



追えば追うほど、遠のく世界…。



人生、思うようにはならないな。



いや、「魂の希求通り」なんだとしたら

どうだろうか?



まぁ、「あの時」を思い返すヒマがあるなら、

サッサと動けよって話だな。



動けいておけば良かったと思うなら、

尚更だわな!



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お読み頂きました皆様、

本当に本当に

ありがとうございます。