今日の観察-day675



初めての体験をした件。




あるプラットフォームにうっかり

コメントを挙げたらえらいことになった。



いわゆる「バズる」現象だったが、

批判的なコメント返しを受けたのは、

初体験だ。



SNSやネット社会の恐ろしさを

初めて実体験した。



この一連の流れを見てみる。



まず、批判が挙げられた時、

身体の中央エリアで

何とも言語化できない不快さを感じた。



あー、これが「身体で感じる」か…。



熱いような収縮するようなカンジ。



感情はどうかというと、

思いの外冷静だった。



あー、私の世界はホントに色んな

意見があるんだなー

と思いつつ、

様々な思考が交錯するなか

「何のためにこれを創造したか」を見る。



そもそも、

“なぜコメントを挙げたのか“

“どんな意図があって挙げたのか”

創造の意図を見ると、

“毎日投稿すると決めたことを実行する

意図があったから”と出てきた。



しかし今回の批判を受けて直視すると、

「ネタ的に挙げた」だけで

その先の影響については

全く思い至らなかったことに気づいた。



まぁ、雑な意識だこと……。



未熟ゆえの批判を甘んじて受けつつ、

“ここには場を共有したいと思える人はいない”

と思う私を見る。



まぁ3日もすれば

新たなトピックに移るだろうから、

しばらく静観しようと思う。



「自己責任」が据わってきたおかげか、

驚くほど冷静に事態を見ている私がいた。



さらに、“人間の特性”を自覚する。



批判的なコメントがきたとは言え、

“いいね”の方が比較にならないほど

多い事実には目もくれず、

“批判=不快・恐怖”にフォーカスしている。



ホントに、

“イヤなこと”の方に光を当てる

人間特性のままに反応していた。



そして、

“何に気づくために創造したか”については、

一つ候補を挙げてみる。



あっという間に拡散した状況から

“承認欲求”がベースにあったこと、

その欲を手放すために起こしたと

推察した。



SNSでのフォロワーの増減や

認知向上への欲について再設定するため

としたい。



排除するのではなく、

批判も全て丸ごと私の一部とするだけの

強靭なメンタルに成長した私がいた。



初体験、面白い経験をさせてもらった。



今回の協働には、

ホントに多くの見知らぬ人たちが

関わっている。



多数の力が集合すれば、

爆発的なエネルギーを生むんだな。



見知らぬ皆様、ありがとうございました!



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お読み頂きました皆様、

本当に本当に

ありがとうございます。