今日の観察-day472

朝イチから、
自我の不満を知覚。
要因は、
朝から弁当と晩御飯の仕込みか…
という、
「ねぱならぬ」事象への抵抗。
おまけに、
その不満を律することができず
夫に八つ当たりする。
この場合の「ねばならぬ」を
どうするか?
今日の「私」が選択実行したのは、
不満を黙らせ、
黙々と肉体を動かす
というもの。
「起き抜け」から「仕事」するのが
イヤ、
なら、
1時間前に起きて掃除やヨガをやって
身体を目覚めさせてから
「仕事」すればよい、
のに、
それはやらない「決定」がある。
快適に肉体を動かせる
他の可能性としては、
前日に仕込んでおく、
夫に代わってもらう、
作らないで外食する、
などがあるな、と思考する。
だが
「私」が進化的に最も好ましい、
身体が「体験したい」と響き、
決定と違和感なくしっくりすると
感じたのは、
お弁当を作らせてもらえることへの
感謝を立てる
ことだった。
これが見えた時、
本当に期間限定の今しかできないこと、
これを豊かさに変えないなんて
もったいない
と捉える「私」がいた。
理解していても
肉体の文句に負けそうなので、
必ず目覚めとともに
「感謝して作る」決定を立てること。
「起き抜けのお弁当作り」に
感謝を感じない自分を疑う世界へ。
さて、どんな景色が見られるか?
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お読み頂きました皆様、
本当にありがとうございました。