今日の観察-day435

大きな音で会話するお向かいさんが
退院された。
看護師の方への挨拶も、
とても力のこもったもので、
同年代であろう母の態度を
彷彿とさせるものだった。
どんなものだったかを
言語化すると、
大仰、力説、目一杯。
具体的には、
どれほど感謝しているかを
大音量で伝え、
朝出してしまったゴミを
気にしながら、
退院していかれた。
そして、
私は承認欲求の圧を感じて
不快だと感じていた。
それは、
単に言葉そのものからではなく
発する時の力の加減から
受け取る印象だ。
お世話になった感謝を伝え、
ゴミを気にする配慮のある人として
記憶に残したい。
相手が何を伝えようと
しているかを
感じ取ろうとすればするほど、
表現の異なりが際立ってくる。
小さな声で一回しか言わなくても、
精一杯の感謝が込められているか、
他ごとに気を取られているか、
それらのどの意でなくとも
「その時の表現」として
千差万別であり、
ただ受容するだけなのだと
思った。
つまり、
大仰でしつこい感謝でも
一言上の空の感謝でも
揺らされなくなり、
単にストーリーの
連なりとして
役を返すだけなのだなと
気づく。
「今この瞬間」に
フォーカスする感覚が
何となく掴めている感じがする。
仕事も料理も考えなくていい
今だからこそ
学ばせて頂いていると思って、
集中します。
・・・・・・・・・・・・・・・
お読み頂きました皆様、
本当にありがとうございました。