今日の観察-day434



否定との共存。




手術は無事に終わったものの

まぁまぁなダルダル具合。



この気分の悪さときたら、

ああ、身体乗り換えたい…。



こんな時も、観察しようとする

意識は常駐しだした。



対象は、同室の方への否定。





携帯の着信が大きすぎる、

病室から出て会話するのはいいが

扉のすぐ外で大きな声で対応する。




大きな音やガチャガチャ雑然に

苦手意識が強い私には、

まぁまぁ苦痛に感じる。




ここで、

相手の背景を知ろうとしてみる。




ご高齢だから

つい声が大きくなるんだろうな。


ここは談話室から一番遠いから

骨折入院の方には行くのが

しんどいだろうな。




これほ完全に

一方的な憶測の範疇なので、

ここから「私」が

何を体験しようとしているのかを

観察する。




出てきたのは、

正義や正解の投影による

「私が正しい」ストーリー。



「私」が静かな状態を好むのであれば、

自分でその状態を創り出すこと。



分かりやすい形なら、

音楽を聴いたり

自分が移動すればいい。



着信音や会話する声が大きいことに

疑問を持てない他者=私=景色を、

ありのまま受容する。



この位置からなら、

快適に入院できそうかな。



では、

鎮痛剤で意識が朦朧とするので、

昏倒してきます!



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お読み頂きました皆様、

本当にありがとうございました。