今日の観察-day15




今日も引き続き、

「ゆとり」を創造軸に立ててみた。

結果、

とてもとても、心地良い一日だった。


待ち合わせ10分前には着いたし、

先方に予定が入って

想定より早くお開きになったお陰で

娘を迎えに行けた。

(朝からの雪で、

“寒そうだな〜、迎えに行ってあげたいなぁ”

と思っていた)

合間に買い物や銀行などの用事も

全部がスムーズに運んだ。



特に変化が顕著なのは、

相手の動きが“なぜそうなるのか”を察する

配慮が生まれたことだ。



夫に新しいシャツを買った。

開封より食事の用意が先だったので

目につきやすい所に置いておいた。

帰宅したら必ず手を洗うので

手拭きタオルと一緒に置いておいたにも

関わらず、

全っったく目に入っていない様子だった。


自我野放図の時は

「は?お礼もないの?」

と思ったし、嫌味の一つも言ったよね。

でも「ゆとり」を創造すると決めたことで

「全く気づいていない」から

アクションがないのだと、

落ち着いて観る自分がいた。


それどころか、

「分かりやすいように置かなかった

私の不明」とさえ、思えた。


そもそも、

購入したばかりの衣類は

必ず水通ししてから着用したい私が

洗面台に置いたことが、

本当に望んだこととズレていたのだと

気づいた。



本当に望んだこととは?



「夫に気づいてもらって開封してもらう」

ことで、

「水通ししたいから洗濯機のそばに置く」

という私の嗜好とはズレていたのだと

観察できた。



これは凄い進歩だと思う。


“何かが変わる”という話しではなく、

深まる、明らかになるカンジ。

こういう創造なら、

「もっと」を望んで良い気がする。


ここで、今日の課題。

より洗練された観察へ挑む


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お読み頂きました皆様、

本当にありがとうございました。