前回のブログ自己革命⑧・頑張らない努力で義父との葛藤が浄化されました!
って書いたんですけど、

続きが出てきました。


良い嫁、出来た嫁と思われたいがために、あるいは、争うのが面倒だから
義父の言うことを心では受け入れてないのに仕方なく従っていた私でしたが、
仕方なく従うって、とっても切ない。
自分が可哀想でとても小さく感じる。

こうしたことがいくつも重なると自己憐憫や被害妄想までいって、自己否定したくなってしまう。

義父のせいではなくて

自分の心を無視している、自分で自分を貶めている私自身の問題。
やっぱり、これって良くないよねビックリマーク
また再確認しました!!


例えば、こんな事があって、、

当時まだ24歳だった私達。
まだ、独身時代が抜けきれず、
君づけで呼んでたんです。
それを聞いていた義父が
「結婚して子供もいるのに、何だ!その呼び方は!!」って怒鳴られたんです。
(声が大きいから怒鳴られたと思ってしまったのかもしれませんけど)

「え、こんな事にまで口出しされちゃうの?」
切なくなったけど、こんな事で言われたくないし、抵抗しても無駄だし。
ってことでそれ以来、君づけはしなくなりました。


そんなに大したことでもないと思うでしょ?(こんな些細な事が積み重なるとおそろしい事になるってことに気づきましたガーン)

それから、数年経ち

知り合いで、私達より5歳くらい上のご夫婦がご主人を君づけして呼んでいたのを聞いたんです。

「結婚してて私達より年上なのに、君づけで呼ぶんだ。ふーん。」


この時の私の感情はというと、
否定的でちょっと妬みにも似たドロっとした感情。

この感情、

醜い。。。

美しくない。。


今一度、当時を振り返ってみて、ほんとうはどうしたかったの?どう思ったの?って聞いてみました。

「ほんとうは、夫婦間の呼び方まで言われたくないって心底思ったし、結婚しても君、ちゃん、づけで呼んでもいいじゃない。誰にも迷惑かけないし。
そんなことにまで口出ししないでほしい。」

これが、私の本心。でした。悲しいんじゃなくて怒ってるんですね。



で、ここからが怖いんですが、


義父の言葉に
あんなに怒っていたのに
ほんとうの思いを無視して中途半端な状態であきらめて従っちゃうと、

あたかも自分の思いかのように、
自分がされて嫌だったことと同じように、人のことをジャッジし始めるようになる。

義父だけではないですよ。
自分を低くしすぎてると他の人が立派に見えてきますから、その人達の意見に左右されまくりになるんです。


おそろしいーアセアセホラーですアセアセ


私が私じゃなくなるんですよーえーん


20年たった今の私は、
「いくつになっても君、ちゃんづけで呼んでもいいじゃない。お互いが良ければ。
仲がいい証拠だよ。かえって微笑ましいよ。」

ってやっぱり思いましたおねがい


これは、ほんの一部、氷山の一角のような気がする。


もう、20年以上も前のことなのに、
今頃になって、思い出したりして。

義父にほんとうに感謝できたから、これは神様からのプレゼントに違いない音譜

気づいてないだけで
まだまだたくさん発見できそうアップ

誰に、何を、言われたという事実は
それほど重要じゃなくて、
言われたその時、自分はどう反応したのか、これが重要なんですよね。


それと、一旦受け付けなくなると、
その人から発する全ての言葉、行動さえも無意識に拒絶反応してしまうんですね、、


義父はお金を大事にする人で、
お札はキレイに並べて丁寧に扱ってました。無駄なことには使わないけど、家具や電化製品は、高くても良い物を買う人。

これは、見習うべきところだと
今の私だと、そう思えます。

でも、当時の私は

お札をキレイに並べて丁寧に扱うのをみて「お金に執着してるんじゃないか」

無駄なことには使わない
「ケチケチしている」

家具や電化製品は高くて良い物を買う
「お金を使うとこなんか違う」

うわぁ、、
なんか、ほんとに、醜いですよね。

私は間違ってた。


私がひねくれてしまって、義父を正しく見ていなかった。


辞めてしまいたい仕事だったけど家族が豊かに暮らすために定年まで働いて、稼いで貯めたお金は大事にして、家族が使うものには惜しまず良い物を買ってくれた。

家族との暮らしをとてもとても大切にしていたんです。

そして、感謝したその後に、
心からの
尊敬の思いが立ち昇ってきました。


義父の言葉、行動を通して、自分の本心を深められていくと思うと、またありがたくなってきました。


何が醜くくて、
何が美しいのか

ほんとうの私は知ってるんです、きっと。


素直になって
封印していた心。爽やかに解放します。


同時に世の中の常識、価値観についても、洗いざらいまずは疑ってみます。
時代は目まぐるしく変化しているから。

変化していく中で、変わらない確かなものに気づいていけますようにアップ



最初に戻るけど、
言われたくないと思うその心は、
「認められたい」から、だから頑張っちゃうのですよね、

やろうと思うと、大変だけど頑張ればできる方だから、いろいろ頼まれやすい。
認められたいから断れないし。

頑張ることも努力もすきだから、そういう現実を引き寄せてるだけなんですけどね。


認められたいからって頑張って努力することはもう二度としません。


私が、自分の事を愛してきちんと受け入れて認めてあげたら、人の評価求めなくなると思っています。だから、今までできていなかった分、向き合っていきたいってほんとに思います。


この世に命を与えられたばかりのとき、なんにも出来なくて、かえって世話かける赤ちゃんだった私に無性の愛を与え続けてくれた両親のように、自分の事もありのままで愛してあげる。そこから、未来が開けてきそうな気がするんです。

自分に優しいから、人にも優しくできるし

自分は愛されてるから、満たされ溢れた愛は他の人にも循環するし。


自と他は一体


人のために
会社のために
社会のために
日本のために
世界平和のために

それを願うと同じように

自分のために