昨日、家族3人でラーメンを食べてた時にパパが
ね、よぉの友達のパパ亡くなったってよ?
と。
え?!嘘でしょ?
とスマホを見ると、LINEニュースに、大杉漣さん急死の文字が。
その後母から電話があり、ニュースみた?◯パパ亡くなったてよ。
大杉漣さんは中学の同級生の友達のお父さんでした。
好き放題してた中学時代。
勉強も得意じゃないし、じっと黒板に向かって座っているのも得意でなく、よく教室を抜け出しては中庭で日向ぼっこしたり、心の相談室でお茶をしたり、保健室でお昼寝したり。
そんな時よく一緒にいた友達のパパが大杉漣さんでした。
家にも遊びに行き、友達とお兄ちゃんとパパと私の4人でドンジャラしたり、本当に仲のいい家族という印象が強いです。
なかなか、妹の友達、娘の友達とドンジャラをして盛り上がる家族ていないんじゃないかな。
うちの家庭しか知らないからなんとも言えないけど、いつ遊びに行っても笑顔で温かく迎えてくれる、憧れの家族でした。
まさかこんなに早くお別れの時が来るなんて家族の誰1人想像もしていなかったと思います。
でも本当に思うのが、別れは突然なんだなぁと。
私の父も急死でした。
あの日の事は今も鮮明に覚えてます。
成人式が終わり、中学の同窓会の企画を地元の居酒屋でしてるときに母から、お父さんが倒れた。と連絡があり、急いで帰りました。
駅から自宅まで徒歩15分。
ほとんど登り坂の道をがむしゃらに走りました。
家に着いた時にはまだ救急車がいて、お父さんが運びこまれた後でした。
母が、病院わかったら連絡するから車で来てね。と言い、救急車が出ていきました。
そのままお父さんは還らぬ人になりました。
今朝まで元気だったのに。
倒れる少し前までビール飲んでいたのに。
本当に突然の事だったので、理解することが出来ず、ただ忙しい日が過ぎていく日々でした。
告別式が終わるまで本当に慌ただしい日々で、告別式後には私の短期留学も控えていてました。
短期留学は取りやめることも考えてましたが、母に後押しされて参加しました。四十九日の法要があったので予定より早く帰国しましたが、日本から離れ、仲のいい友達と毎日共にすることによって気持ちがだいぶ救われました。
でも、あの時、母の隣にいなくてよかったのか、ちょうどその一年前にも短期留学をしていてて、短期留学先に父と母が旅行がてら遊びに来てくれたのでその事を思い出してないか、あの旅行が三人で旅行した最初で最期になってしまったんだ。とか今になってもあの時の短期留学は行ってよかったのかな。と考えることがあります。
こんなこと考えても今更どうにもならないんですけどね。
あの時あーしておけば。
もっと早く異変に気付いていれば。
過去を変えることは出来ないけど、戻りたいと思ってしまう事が沢山あります。
きっと今、大杉漣さんの家族もそんな思いを抱えながら慌ただしい時間を過ごしているのかなと思うと、何もできない自分が悲しいです。
少しでも早くまたいつもの生活を送れるようになる事を祈ってます。
そして大杉漣さんのご冥福を心よりお祈りしてます。