京都旅のテンション高い
ブログを書いた直後で
アレなんですが
今日は
今の私の正直な気持ちを
書いてみます。
何かしら役割を持つと
その役割を果たすために
こうあるべきという義務が
無意識に生まれてしまうなと
感じていて。
理学療法士でいる時は
患者さんを元気にする
立場なんだから
いつも笑顔で明るく元気で
いなければと思っていたし
後輩ができてからは
治療者として後輩よりも
上手でなければ!と
思っていたし
管理職になってからは
管理者なんだから
的確な判断力や広い視野を
持たなければならないと
思っていました。
理学療法士としての姿勢は
自分にとって無理があるもの
ではなかったし、むしろ
そんな自分が好きだったので
辛くはなかったんだけど
管理職という役割に関しては
自分が思うあるべき姿が
その時の自分とは程遠くて
理想の姿になれていない自分を
全然受け入れられずにいました。
自愛力に出会って
"この役割ならこうあるべき"
みたいな思い込みの義務を
かなり手放せてきたと
思っていたのですが
新しい役割を持ったことで
また新たな義務を
自分に課していることに
気づきました。
その一つが認定講師。
自愛力の認定講師なんだから
いつも前向きでなければ
ならない。
↑そんな決まりないけど。
常に何かにチャレンジして
どんどん現実を
変えていなければならない。
↑こんな決まりもないけど。
いつも良い状態で
良い波動を放っていなければ
ならない。
↑それに越したことはないけど。
そんな義務を気づかぬうちに
課していたんです。
そして、さらに
自愛力の柱になったことで
その義務の重さを勝手に倍増し
自愛力の未来を見る人が
こんなんでいいのか?
こんなに後ろ向きな人間で
いいのだろうか?と
理想とする姿とは全然違う
自分の闇の部分を
認められなくなったんです。
先日、この悩みを
認定講師の仲間の一人に
打ち明けました。
すると彼女は
こう言ってくれたんです。
私たち認定講師は
一般人なんだから。
レイコさんみたいなあり方を
目指して、そこに向かって
進んでいる途中なんだから。
だから、今は
それでいいんだよ。
その言葉を聞いて
ハッとしました。
私はどんだけ
認定講師を特別だと
思っていたんだろう。
どんだけ立派な人で
いなければならないと
思っていたんだろう。
そして、同時に
レイコさんじゃない自分を
許せていなかったんだと
気づきました。
またあの時のように
自分ではない誰かに
なろうとして
なれない自分を
無意識に責めていたんです。
またやってたよ。笑
マスターなのにコレだよ。笑
でも、こうやって
悩んだり、もがいている姿が
リアルな私なのです。
認定講師だからって
特別じゃない。
柱だからって特別じゃない。
みんなと同じ
より良い人生を求めて
自分と向き合い続ける
成長途中の一人なのだから。
そんな自分を
自分に許したいと思います。
だから、これからも
リアルな私で、私の葛藤や
成長を綴っていきたいし
伝えていきたいなと思います。
ゆかさんもそうなんだから
私も大丈夫よね〜って
思ってもらえたら嬉しいです♡
と、正直な気持ちを
書いてみたものの、本当に
この記事を上げていいものか
実はザワザワしています。
その動揺を表すかのように
さっきから何度も
アプリがフリーズしています。笑
でも、上げます。笑
ちゃんと意図し直します♡
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