こんにちはー´ω`)ノ
満月すぎて、まだまだ眠いざびえるです。
こんな時は、のんびり過ごすに限ります。
昨日は、自分の大好物な、トマトソースのパスタを作りましたー
もちろん、トマトソースも手作りです。
自分の食べたいものを自分で作るのっていいですね(^^)
なぜかって、自分の一番好きな味にできるからです。
他の人が食べて美味しいかどうかはわかりませんが、自分の一番好きな味付けなので、もちろん自分はとっても美味しい!
大満足(^^)b
人生ってそんな感じでいいのかもしれませんね。
写真はイメージです。でも作ったのとそっくり(^^;;
さて、先日の『嫌われる勇気』のドラマも第5話でしたー。
毎回、最後の方、ちょっと無理あるんじゃねー?とか思ってしまいますが、そこはフィクションということで...(^^;;
で、今回のテーマは『課題の分離』ということでしたね。
課題の分離とは、自分の課題と他人の課題は別であると考えることです。
例えば、家族の中で誰かがイライラしてたとしましょう。
それが気になったので、気を利かせて、家事を手伝ったりと、機嫌をとるようなことをしたとしましょう。
でも、それで相手の機嫌が治らなかったらどうしましょう?
気を利かせて機嫌をとるという行為の裏には、これで機嫌が治ってもらいたいという期待があります。期待というのは、相手をコントロールしたいという無意識の思いの表れなんですね。
だから、期待通り相手の機嫌が治らないと、「私はこんなに頑張ってんのになんなんだ!」ということになって、結局けんか...みたいなことになってしまうわけです。
では、逆の立場から見たらどうでしょう?
自分が何かで、イライラしているとします。
すると、相手が気を利かせて、いろいろとお世話してくれたり、機嫌を取ろうと優しくしてくれたりするわけです。
でも、その行為が的外れで、ぜんぜん自分の気持を無視した行為だったら、余計にイライラしてしまいますよね。
で、結果的に喧嘩になってしまいます。
相手は「こんなにあなたの事を思ってやっているのに!」ってなるし、
自分は「そうじゃない、なんでわかってくれないの?」ってなります。
また、人によっては、ここで味をしめる人もいるわけです。
「自分がイライラしたり、不機嫌になると、この人は優しくしてくれたり、なんでも言うことを聞いてくれるようになるぞ...」と。
実は、DVとかモラハラってこんな感じで始まったりするわけです。
つまり、相手の課題と自分の課題がごちゃごちゃになっていて、それを放置したままでいると、関係がどんどん悪化する原因になってしまうんですね。
そこで「課題の分離」が大切になってきます。
「いらいらを治すのは、本人の課題なのだから、関わらないでおこう」
とするのです。
すると、人によっては更にイライラして喧嘩をふっかけてきたりします。
つまり、後者の不機嫌な感情を使って相手をコントロールしようとするタイプですね。
以前「人は目的の為に感情を使う」というお話をしましたが、まさにそれを実践する人です。
こういう「あえて課題を分離させないようにする人(それを求める人)」には、なおさら分離するべきだと、アドラーさんは教えるわけです。
ただ、ここで大事なことは、無視するのではなく、相手が気持ちを理解して欲しいと思って、話にきたら、ちゃんと話を聞くことです。
つまり、「相手を支配する目的」や、
「ストレスを伝える目的」に、手段として、怒りやイライラを使うことは、
お互いにストレスが溜まってしまうので、
そういう手段は使わせない = 反応しない
ということなのです。
そうではなく、言葉でちゃんと伝えようとするのであれば、向き合って話を聞くようにすれば良いわけですね。
それまでは見守っているわけです。
これは、親子関係でも同じです。
よく「あなたの為を思って...」という思いから、いろいろお世話してしまう人もいると思いますが、それも期待やコントロールというのが意識の背後にあって、相手の課題を抱え込んでしまうことなんです。
これでは、相手は自立できないし、自分も余計なストレスを抱えてしまいます。
結局、本人の課題に取り組めるのは本人だけ! なんです。
ドラマでは、足を怪我して後遺症が残ってしまった人(美沙)とその友人(塔子)が出てきましたね。
原因は、美沙が階段で足をすべらせた時、すぐ近くに塔子がいたにもかかわらず、事故を防げなかったことで、橙子が罪悪感を持ってしまったことによります。
(事故はあくまでも事故。誰が悪いわけでもない。)
そこで罪悪感をもった塔子は、いつでも美沙のお世話をするようになってしまいます。こうして互いの課題を負ってしまう関係性が出来上がってしまうわけですが、このことによって、美沙は自立心が育たなくなり、橙子に依存するようになってしまうんですね。
まあ、そんな感じでドラマが展開していくわけですが...
課題の分離とは、相手を信頼し、見守り、相手の自立心を育てるということなんですね。
対人関係において、それが誰の課題なのかということを知るには、
それを放置して困るのは誰か?
と考えることです。
親子関係や、家族、親しい間柄であれば、
単に放置するのではなく、
相手が自分の課題に取り組めるように援助すればいいのです。
それは「自立心を持って協力し合う関係」を作ることに繋がります。
「他人の課題に踏み込まない」のと同時に、
「自分の課題に他人を踏み込ませない」ことも重要です。
自分の好きなことをして豊かに生きるということは、まさにこの原理に基づくわけですね。
自分の大好きなことを全力で追求するには、「自分の課題に他人を踏み込ませない」ことが重要です。
人はみな対等である
人はみな自由である
自分の人生の課題は自分のものである
そして互いに信頼を持って見守り、必要な援助をしあう...
そう言えば、少し前にフィンランドの学力が世界一という話を聞きました。
世界一だから、相当勉強しているのかと思えば、そうではなく、
・授業時間は世界一短く
・宿題はまったくなく
・学力テストもまったくなし
なのに学力世界一なのは、
「学習のためのスキル」が教えられ、自分で学んでいく意欲と力が育てられているのと、
生徒の主体性を尊重し、自分の興味ある分野に存分に取り組める環境が用意されているのと、
それをバックアップする体制が整っているからだそうです。
そして、なんといっても「生きる力」が育まれているということですね。
ちなみに、留年はあたりまえで、別に恥ずかしいことではないそうです。
理解できるまでじっくり時間をかけて学ぶということに重きがおかれているからなんですね。
自立した人間になるには...ということを考えていて、そんなことを思い出しました。
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