「3000という数字よりも、僕が何かをすることで他人が喜んでくれることが、今の僕にとって何より大事なものだということを再認識した瞬間でした」。
ベンチへ戻り、鼓動が静まると、サングラスの奥をひと筋の涙![]()
が頬を伝った。
数々の偉業を遂げ、「記録慣れ」したはずでも、重圧との闘いは避けて通れなかったそうです。
3000安打まで残り2本となってから、打てず代打起用が多くなり、安定した打撃を続けることが難しくなった。さらに重圧が加わり、日増しに表情は険しくなった。
「人に会いたくない時間もたくさんありました。だれともしゃべりたくない。なかなかうまくいかず、という苦しい時間でした」と吐露した。
「2004年にイチローが年間安打数のメジャー記録(257本)を更新した際は、真っ先に弓子さんの存在に言及し、“彼女がいたからこそ”と、妻の支えに感謝していた。
でも、今回は弓子さんの名前が一切出なかった。最近、弓子さんの姿が球場で見られていないこともあり、夫婦に何か起きてるのでは…と現地記者の間でも話題になっているんです」
イチローと弓子夫人が結婚したのは1999年。当時TBSのアナウンサーだった弓子夫人は、入籍を機に退社し、以降陰で夫を支え続けた。
「中でも日々の体調管理は弓子さんの最大の仕事。プロ顔負けの料理の腕前で、イタリアンから中華、フレンチ、和食まで何でも作れる。
もちろん栄養の計算も完璧。食材の買い出しに1日3時間かけ、試合の終了時間を予測して、帰宅後の絶妙のタイミングでテーブルに並べる徹底ぶりでした」
弓子夫人は、同州でネイルサロン他多彩な職業を持つ、専業主婦兼社長だったのです。

私はここでふと感じた事を申し上げますと、子供もいなくて、婦人が社長と言う立場に立たなくても、イチロウ選手位の年棒があれば、かなり裕福な生活が出来たと感じています。
だからこそ今回3000本安打達成した姿に一筋の涙が・・。
その背景には、フアンや応援者に対しての涙であり、弓子夫人に対する涙は心から流せたのかと疑問に思ってしまった出来事でした。
野球で言えば、ボールは“出会い”です。
出会いというボールが来たら、それが変化球で打ちづらくても、自分でバットを振らなきゃ、恋愛にも結婚にも発展しないのです。
振らなきゃヒットは打てません。振ったらホームランになる可能性もあるのでしょう!それは振らなきゃ解らないでしょう。
何もしないで『恋人が出来ない』っていう人は当たり前です。
だってチャンスを見逃しているのです。 いつかホームランは出るから。それに空振り三振は自己を成長させます。
振れば振るほどバッティングってよくなるものですから。 逆に見逃し三振は何もなりません。タダのアウトです。
そんな気持ちをもってバッターボックス(出会いの場)に立ってみてください。


