オリンピック競技とスマップが教えてくれた愛の形
オリンピックに参加した人達は、国を代表して選ばれた選手達。
オリンピックで見つけたお互いの愛。
それを掘っていくと、とても優しい
その人なりの「愛」に出会います。

罪悪感を、ただの罪悪感で、
人生において邪魔なもので、
自分にとって有害なものだとしてしまえば、
それは何一つ自分にとって栄養とはなりません。
自己が只相手を倒し、メダルという形のあるものを略奪するという
「罪悪感」つまり「罪意識」てきのものなのです。
子どもから大人への移行期が「思春期」なら、大人(成人)から老人(高齢者)への移行期は「思秋期」と呼ぶらしい。
思秋期という移行期をどのように過ごすかが、高齢期の人生の質や充実度に大きな違いが出てくるらしい。
思春期にたくさん分泌した性ホルモンが大人への成長を促したように、45歳を過ぎて経験する性ホルモンの分泌低下が高齢期の身体と心への移行期の入り口になる。
例えば、暑い毎日、薄着で出かける季節。道路をスマホ片手にチヤリンコに乗り、私の目の前を通りすぎていく白いスカートの女子高校生。「パンツ透けてますよ」と言いたかった~~。
いい年した
おっさんが、知らない女性を捕まえ、注意してあげる事は未だ男性を意識しているからだろう、と思った。
が、知っている女性ならともかく、知らない人に教えてあげて「セクハラ行為」で訴えられたらもともこうもなくなくなってしまう。
この問題を30代女性に友達に投げかけたら、友人なら言うけど他人なら知らない振りする人が多いが、「以前知らない人から教えてもらって助かった」と言う人もいる。
結局この問題は、気がついてしまった人の心根と、思春期の様な性に対する欲望「パンツ」と言う視覚的要素が持ち合わされていないなら、恐らく見過ごされていたかもしれない。
いかにスマートに、その状態を教えられるかにより、その人の「思秋期年齢」が理解出来ると思う。
"情動の涙"とは、良きにしろ悪しきにしろ、感情が高まることで流れる涙のこと。
その時、コミュニケーションや共感を司り、脳の司令塔とも呼ばれる脳の前頭部の血流が増え、激しく興奮することから涙が出るのだそうです。
表彰台で感涙しているスポーツ選手を見て、流す涙がまさにそうです。
これらの涙の根本にはすべて、他者への共感があります。子どもは経験が少ないので共感ができず、この涙は流せません。
つらいことや悲しいことを乗り越え、共感を司る脳の前頭部が鍛えられた大人だからこそ流せる涙なのです」
昨日パラオリンピックを見ていたら、涙が出そうなシーンに出くわした。
リオ五輪の陸上女子5000メートル予選で16日、接触して倒れた米国とニュージーランドの選手同士が互いを助けあった。
米国のアビー・ダゴスティノ選手とニュージーランドのニッキー・ハンブリン選手のその姿は、オリンピック精神そのものだと称えられれている。
お互いに敵同士なのに助け合いゴールまで完走した二人の選手。
本当にすばらしいなあと感動しました。
それを心に感じ、脳の前頭部が判断する事により、
「罪悪感はその人なりの愛の形を教えてくれる」と感じた。
オリンピックに参加した人達は、国を代表して選ばれた選手達。
オリンピックで見つけたお互いの愛。
それを掘っていくと、とても優しい
その人なりの「愛」に出会います。
罪悪感を、ただの罪悪感で、
人生において邪魔なもので、
自分にとって有害なものだとしてしまえば、
それは何一つ自分にとって栄養とはなりません。
自己が只相手を倒し、メダルという形のあるものを略奪するという
「罪悪感」つまり「罪意識」てきのものなのです。


