「恋愛と結婚」の話をしてみたいと思うのです。
・愛する
と
・恋する
というのは決定的に違っていて、
この二つの本質を理解しないと恋愛の不安は解明できないから。
今の社会って「恋愛結婚」「恋愛主義」みたいな感じが強くって、
どれくらい長く付き合ったか?
どれくらい長い恋愛期間があったか?
みたいな判断基準ってありますよね。
お見合い結婚のような昔の風習は古く、むしろ、恋愛期間が短い結婚は騒がれる、と。
そもそも・・・
おかしくないですか?
というのが、わたしの考えなのですが、
恋すると愛するは別ものだから、分けて考えましょうよ、
といつもおもっています。
で、これがどうして恋愛の不安に分けられるか、
と言えば
・恋するステージの不安
と
・愛するステージの不安
は別物だから。
どちらがいいとかはないのだけど、
別物だから。
ここの違いを知ることで、自分が本当に不安に感じていることは
何か?がわかるわけです。
心身的にみた、ツインソウルとソウルメイトの違い
ツインソウルは魂が元々一つだったということもあり、自らの半身ともいえるほど、自分と似通っている一面があります。
ソウルメイトは相手と意志がリンクしており、通じ合い、理解ができ、許しあえるような一面があります。
ツインソウルはお互いが近い存在であることが伺えますね。 いっぽうでソウルメイトは自分と同じような考えを持った人、つまりは近い価値観の人、とも言えます。
そして、何かを成し得る過程の中で、ツインソウルは出会っていき、一つになっていくものであり、 ソウルメイトは、自分と同じ道を歩み続ける良き戦友、理解者といったところです。
■恋するステージの不安は媚薬、愛するステージの不安は良薬
繁殖のためには盲目な恋が必要・・・。
そう書いてしまうとあまりにも味気ないかもしれませんが生物学上、そういうわけです
(笑)繁殖するためには、異性に虜になって、
その異性を他の人よりも数百倍、魅力的に見えなければいけません。
ですが、「繁殖後の育み」に恋は必要ありません。むしろ逆です。
だから、恋愛結婚をした後、普通にしていれば相手に対する感覚が変わってしまい、
人はそれを「冷める」というのです。
本当は、生命のために、人は恋をし、愛する段階で冷める必要がある。
それなのに、社会的に「恋愛主義」みたいなところがあるから、
恋するステージから愛するステージに入った時の落差、
つまり、ある種当たり前の「冷め」みたいなものに
悪い印象を抱いてしまう。
あー、もったいないな、と思ってしまいます。
恋するステージで抱く不安はただの媚薬(びやく)なので、
刺激的効果バツグン!すぐ効く!瞬間的に終わる!
だから、
恋するステージの不安って、密かな満足度でもあり、
不安があればあるほど、「恋してるぅー!!!」みたいな感じ、
ありますよね。
でも、愛するステージの不安は良薬で
口ににがしですが、継続することで確実な効き目が出てくる。
…この違いが意味すること、それは
『恋愛にも結婚にも不安が必ず必要』
ってことなんです。
■不安がない=愛し愛されている証拠、という残念な流行り
まぁ、結局こういうことだとおもっています。
恋愛の不安の最中にいる人は、
それさえなくなれば、自分はもっと安心できる、とおもっています。
それさえなくなれば、自分はもっと
幸せで、愛されている実感があって、良い恋愛をしている、
という自己満足が得られる、、、、と。
でも。
恋する不安は媚薬。
愛する不安は良薬。
このふたつの言葉で言いたいことが伝わればいいな、
と思います。
あ、でも「恋するステージの不満」や「愛するステージの不満」は
また違います(笑)
■まとめ
「不安を愛でれば愛でるほど、よくなる」
それが恋愛のすべての不安に対して言えることです。
恋する不安、愛する不安、愛でれば愛でるほど
それぞれの効き目が出てくる。
不安な自分をたっぷり愛でてあげること。
忘れずにいたいのは、
恋するステージの不安は媚薬。
愛するステージの不安は良薬。
このふたつの世界観だ、ということなのです。
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