会場にはディック・リー本人も来てくれて、上映終了後のQ&Aの時間に颯爽と登場。興奮して思わず手を振ってしまった私にニッコリと手を振り返してくれたディック・リーの、まあかっこいいこと♡とても50年代生まれのおじさんとは思えない素敵さでございました。
私は『THE MAD CHINAMAN(1989年)』からのオールドファン。会場には同じような、いやいやもっと強力なビッグファンがつめかけていて、皆さまそれぞれすごかった!! 関東からわざわざ来られている方、映画祭期間中の4回とも全部見るとおっしゃる方、ディックがきっかけでシンガポールにハマった方etc……。
サイン会のとき、中国語は話せますか?ときいたら、うん、でも広東語ね。と答えてくれたディック。
そう、シンガポールの華人は今は華語(マンダリン/普通話)を話せる方が多い。映画の共同監督、ダニエル・ヤム監督やその奥さん、ディックのマネージャー(?)のシンガポールヤング男子は普通にペラペラだった。
でもディックの年代だとちょっと厳しい。家庭で使ういわゆる「母語」は、「中国語」と言っても出身地の言語(主に広東語や福建地域のことば)だったし、学校での2言語教育(英語と華人なら「華語(マンダリン/普通話)」)は彼らの子供の頃はまだ試行錯誤の段階だっだから。
香港もそうだが、華語(マンダリン/普通話/標準語)が話せる人が増えるのはいいこともある。何と言っても話者の数が半端ない大言語だから。でも、やっぱり、全体としてそっち(大言語)だけに偏って傾いてしまうと、失うものも多いんじゃないかと。台湾語好きの私としては思うのであります。
シンガポールの2言語教育も、華語(マンダリン/普通話/標準語)教育が推進された反面、学校では「方言」の使用が禁止されたり、と「方言追放」という側面も持っていた。シンガポールでもやはり、少数言語話者は学校で自分の「母語」を否定されるという憂き目に遭ってきているのだ。
うわ、話がソレた。映画やディック・リーのことを書きたかったのにい。