中国語の原書を読む会は、中国語ともだちの仲良し3人でだいたい2週間に一回やっている。何を読んでもいいのだが、わたしがあくまで台湾、台湾で押し通すため、またまた台湾の文学作品になった。今度は60年代、台湾モダニズム文学の旗手、白先勇の『永遠的尹雪艷』。
まだ途中までしか読んでいないが、言葉がやはり難しい。辞書、ガンガンひかなければ先に進まない。でも李昂の小説と違って台湾語が出てこないので(上海語は出てくるが多くはない)辞書をひけば何とかなる。もちろん普通の辞書だけではダメで『中日大辞典』が必須である。
さて、台湾文学。その歴史は相当に複雑だ。一つには文学を表す言語の歴史が複雑だから。
日本の統治時代、「国語」は日本語であり、台湾の人たちは公的には日本語、私的な場所では母語(主に台湾語。今の中国語ではない)という二重言語生活を強いられた。日本語で文学作品を生み出す日本語作家と呼ばれる人たちがいたが、戦後は日本語から中国語への言語転換を迫られ、多く筆を折らざるを得なかった。
戦後「国語」は中国語になったが、それは多くの台湾の人々にはなじみのない言葉であった。当局は日本語の徹底排除、母語の抑圧、といった強権的措置によって新しい「国語」を台湾全土に普及させようとした。日本語を奪われ、かといって新しい「国語」はまだ使いこなせなかった本省人の作家たちは、戦後はしばし沈黙を強いられた。
白先勇などの外省人作家を中心とした60年代のモダニズム文学の時代を経て、新世代の本省人作家による写実的な社会派文学が主流となった郷土文学の時代へ。70年代後半にはモダニズム文学派と郷土文学派との間で「郷土文学論争」が起こる。
以前記事を書いた黄春明は郷土文学派の代表格だが60年代からすでに活躍。李昂は、白先勇と同じフィールドで作家活動をしていたこともありモダニズムの流れをくむとも言えるし、ザ、郷土文学であるとも言える。このように、どの作家がモダニズム派、で、この作家が郷土文学派、とはっきり線引きするのはむずかしいし、ともに根底に「台湾とはなにか、我々は何者か」という問いを抱えていて、両者は対立しているように見えて実は「双生児」であるという人もいる。
白先勇の話はもう少し詳しく。つづきは次回・・・。