まみりんさんの記事をリプログー。
なんかもう、流れ弾ですよねコレ。
私は一時期、自分のことを、
冷たくて、腹黒くて、ずるい人間
だと思っていました。
その場を収めるためなら平気で嘘つくし(いわゆる方便てやつですが)、人に優しくするのも、自分が責められたり後悔したりしたくないからだし、根回しするし。
真正面からぶつかって怪我しても相手を思う母の方が純粋だと思ってました。
そんな母の思いを受け止められず、さらに不満に思ったり「いらないのに」なんて思ってしまう私は、ダメな人間なんだと思ってました。
ただの前者的世界平和維持活動であり、合理性なだけだったんだけど。
弟みたいに一つのことをコツコツ努力をすることなく、要領だけでそこそこ渡れてしまう。
努力しないから中途半端で突出することも出来ない。
カッコだけで恥ずかしいと思ってました。
これも、全体見渡したり全ての音を拾ってしまう、そしてスイッチがオフにならない前者の特徴なだけ。
実はすべてのことをコツコツやっていたのだと今はわかる。
あー、でも、母や弟に対する引け目、これはわりと後の話だな。
1番最初の「恥」体験は、父に言われた一言でしたね。
前にも書いたことがあるんですけど、弟が怒られて泣いてる時に父の膝に座りに行ったら、
「優越感持ちやがって。」
って忌々しげに言われました。
ビックリしたし悲しかった。
自分の中のズルい汚い感情を見透かされて、蔑まれた、最初の体験。
まだ小学校に上がる前のことです。
優越感、が、ひらがなでしか聞こえないのに、意味わかっちゃったんです。
とても恥ずかしくていたたまれなかった。
その後の人生、子供ながらに気を遣ってるのに、全て裏目に出る。
父には小賢しい女は嫌われるとか言われたこともあったな。今の今まで忘れてたけど。
あの性悪オヤジめ!
小賢しいんとちゃう、けっこう賢かったんや!(笑)
ともかくも、そんな経験から私の善意は人には嫌がられるし、わかってもらえないと思ってました。
生来のお節介はなかなか治らなかったけど、いつしか、私のセルフイメージは
かさばる
余分
いてもいなくても同じ
に、なってた気がします。
実際、そんな現実が来たしなー。
だから、人から優しいとか親切だとか純粋だと言われても、
や、それ良いように見過ぎだし。
とか、
や、中身はけっこう黒いよ。
とか、言ってたな。
だから、私に告白してくれる男性のこともだいたい断ってたし。
付き合ってもすぐ別れたり、やたら既婚者にモテたりして、なんか私変な空気醸してんだろうかとか落ち込んだり。
距離、うまくとれないんですよね。
近付くと怖くなる。
なんかいろいろバレるのが。
はぁぁ〜〜〜…
めんどくさっ
(笑)
何だろう、コレって前者の通る道なんだろうか。
今となっては全て幻想!て分かる。
けど、この幻想から持ってしまった前提がまだまだあると思う。
これをね、外していきたいのです。
いつしか自分を隠してしまったけれど、本来の私はもっと…なんてゆーか、太陽のような人だと思う。
ええ、恥ずかしげもなく言ってしまうけど!(笑)
でなければ、あんなに後者に囲まれますか?
あんな不思議なくらい懐かれたりとか、「ちぃちゃんが言ったから」だけで大きな決断したりとか、もし私がただ黒いだけの人なら、絶対ナイナイ。
彼らの本能、直感を信じるなら、私はスゴイ人なのだ。
自分でもどこかで分かってたはず。
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前者後者論サックス編でも書きましたが、私のサックスのセッティングは重めの暗め、シットリ系。
平均的な自分より、中身に持ってる湿度とかダークな部分、エロさとか(笑)それを形にしたかった。
光も影も、自分だし、それを表現することを、喜ぶ人がいる。
素敵だと言ってくれる人がいる。
そして何より、自分の魂が震える。
個人的に、私はダークな写真や音楽が好き。
影は人の傷や疲れを包み込んで癒してくれるから。
そして忘れてはいけない。
影が濃いということは、持っている光も強いのだ。
そのコントラストの妙が、きっとまみりんさんの魅力なんだな。