先日の日曜日、1週間分の食料を買出しに行った帰りに、うちの4件先の家が売りに出されている事に気が付いた。
中は完全に空き家になっていた。

はて・・どんな人が住んでたんや?
旦那も覚えておらず、私的には家族やったような・・・

玄関先の庭の雑草を抜いていたら、この村の全てを把握している隣の家の御主人が帰って来たので、「あそこの家って、どんな人でしたっけ?」と聞いてみた。
御主人の話によれば、旦那さん、奥さん、小学生の息子さんの3人家族だったようである。

しかし、ほとんど村の人は見たことがなく、引越しも誰にも見られずに終わっていたようで、売りに出されるまでは、誰も引っ越した事さえ気が付かなかったとの事であった。

御主人は「まあ、居辛くなったんやろな・・」と言った。
私は「居辛い?何でですか?」と聞いた。

御主人の話では、その家の旦那さんが会社の上司で、50代の年上女性と駆落ちしたそうであった。
奥さんは警察に捜索願を出し、探してもらったものの、旦那さんは戻る気持ちがなく、結局は離婚に向けての話し合いになったとか・・
そのため、この村の人に噂が流れる前に、引越しをしたんじゃないか・・という内容であった。

玄関先には、今も綺麗に咲き乱れた花がある。
かつては、丁寧に手入れされていたガーデニングが、より虚しく見えた。

駆落ち・・・一番ヒドイやり方ではないだろうか。
裏切り行為の果て、逃げられる側の身にもなれと思う。

私が20歳前後の頃にバイト先で知り合った女の子がいた。
隣の駅に住んでいた事もあり、仲良くなった。
彼女が話してくれたことである。

彼女が小学4年の時の事。
トラック運転手のお父さん、喫茶店経営のお母さんと兄弟で暮らしていた。

小学4年になった彼女を担任したのは、大学を出たばかりの新人男性教師であった。
家庭訪問で母親と意気投合した担任は、いつの頃からか、自分の母親と親密な関係になった。

9月のある日、母親は置手紙をして、その担任と駆落ちした。
彼女が高校3年を終える頃、ある日、母親がふらりと帰って来た。
「あの人と別れたから、ここに戻ってきたい」と言った。
父親は母親を許し、以後、誰もそのことには触れずに暮らしていると言っていた。

自分の母親が駆落ちしたことで、どれだけ人に指を指され、噂の対象にされたか分からないが、ただただ耐えたと彼女が言っていたのを思い出す。
もう10年以上会ってないから、どうしているのか分からないが、「母親をいつか受け入れれるようになりたい」と言っていた。

今頃は、母娘として仲良くしているのだろうか・・。
今日はそんな事を思い出す1日であった。

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