木曜日の夜、TVでクリント・イーストウッドが監督した映画「父親達の星条旗」と「硫黄島からの手紙」が連続で放送された。
どちらも私は数年前、飛行機の中で見たのであるが、戦争映画を見た後に必ず残る、あの落ち込みと悲しみと怒りの混ざった気持ちになったのを覚えている。

話題になった映画ではあるが「見たら落ち込むから、見ていない」と言う人も多かった映画であると、こちらの映画雑誌で読んだことがある。

土曜、職場の休憩室でお昼を食べていたら、誰かがこの映画の話題を始めた。
あれやこれやと話は飛び交い、あるおばちゃんが私に聞いた。
「どうして、日本は意地でも撤退しなかったの?どうして戦士する事が美学だったの?」と。

映画だけではなく、恐らく世界的に有名な「神風特攻隊」も含んでいるものと思われた。
海外に出てから、何度となく聞かれた話題である、「自殺爆弾」と海外で呼ばれる、神風特攻隊と人間魚雷。

「あの時は、お国の為に命をささげる事が、美であり義務であった」と、小学校で先生に習った通りの答えしか答えようのない話題であり、これを休憩中に議論するのは難しかった。

日本で暮らしていた頃、学校の歴史で学んだ歴史しか知らなかった無知な私であるが、初めて外国に住んだ時、いかに日本の戦争について自分が無知であり、又いかに海外の人が興味を持ち、自分に質問を投げかけてくるかという事を知った。
恥ずかしながら、私はその時24歳だったのである。

日本に戻り、英語圏の人が集まる職場に勤めた私は、やはりそこでも同じ経験をした。
アメリカ・カナダ・イギリス・フィリピン、オーストラリアやニュージーランド人達と仕事をする中で、いかに彼らが日本の戦争時代の書籍を読み、日本政府がお寺に出した辞令までにも詳しい人もいた。

私は全くそれを知らず、日本人ながら何の教養もないと反省・・・
それに詳しくなろうとしたわけではないが、こういう場面に出くわした時、「これは、こうだったから!!」と言い切れる知識がないと、今回もまた改めて自分の無知さに凹むのであった・・。

海外生活をすると、日本ではほとんど話題にのぼらない事が、話題になったり質問されたりするので、36歳にして無知は恥ずかしい・・と反省する日々である。

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