夕飯を済ませ、子供の世話をしていたら、誰かがドアをノックした。
出てみると、職場のおばちゃんであった。

おばちゃんは、「沢山もらったんやけど、食べれそうにないから・・・アンタ食べるかなと思って持ってきた」と言った。
見ると、かごの中に中華系スイーツがどっさりと入っていた。

聞くと、今日の夕方、おばちゃんの御主人と息子が車に乗っていたら、路地裏で中国人の少年が、白人の少年らに金を巻き上げられている場面に出くわしたそうであった。
御主人とキックボクシングをやっている息子が助けたそうである。

再び白人少年達に捕まってはいけないからと、御主人はその少年を家まで送って行ったそう。
少年の両親は中華料理の出前のお店をやっていて、御礼に沢山のスイーツを後で届けてくれたそうである。

しかしながら、食べた事のない「あんこ」の入ったスイーツだったため、日本人である私なら食べるかも?と言うことで、うちにわざわざ持って来てくれた。

こういう卑劣な話を聞くと、本当にムカムカする。

中国人の少年といえば、私が今も記憶に残る少年がいる。
私が大手英会話学校のマネージャーをしていた時のこと。

ある日、S君という少年が突然やってきた。
「英会話やりたいねん」と来た。
高校生だったので、親の承諾がないと無理だと伝えると、翌日、お父さんと2人でやってきて、そのまま入学して帰った。

彼は17歳であったが、英語のレベルはビジネス英語レベルで、英字新聞はスラスラ読めた。
高校生であったが、外資系に勤める社会人のいるクラスに入れる事になった。

彼の夢はアメリカの大学に行き、名を残すような大きな仕事をしたいと言うことであった。
当時、何人もの高校・大学生が英会話を習いに来ていたが、親のお金でただダラダラと通い、特に夢もなく、「エエ会社に入れたらラッキ~」みたいな若者が多かったから、私は久しぶりに熱い少年を見て、嬉しかった。

中学で初めて習った英語が好きになり、以来、自分で英字新聞を読解するのが毎日の日課になっていた。
しかしながら、英語を話した経験が無かったため、英会話に通いたいと思ったという。

入学して3ヶ月ほど経過し、カナダ人の担任が驚くほど会話力が伸びた。
やがて本人から、「留学したい」と申し出があった。
アメリカに留学する前に、アメリカを見ておきたいとの事であった。

しかし問題が浮上した。
彼は中国国籍だったのである。

今は知らないが、当時はアメリカがアジア人、特に中国国籍の入国を非常に厳しく制限していた。
正規留学であっても、国籍が中国というだけで、学生ビザを申請するには条件が付いていたのである。

理由は様々あったが、1つの理由として返答が来たのは、旅行や学生ビザでアメリカに入国したまま、行方をくらます中国人が多すぎたため、アメリカが制限し始めたとの事であった。
この他にも、犯罪が増えたなどがあり、どんなに情熱を持った留学でも、国籍だけでハネられてしまったのである。

何度もアメリカの語学学校と連絡を取り合い、条件が2つ出た。
1つは、S君が日本国籍に変更すること。
もう1つは、アメリカに親戚などがいて、ビジネスを繁栄させており、そこの家族の誰かが既に大学などに通っている証明があることであった。

私はS君に直接話すのを避け、お父様に翌日来て頂いた。
「馬鹿にするな!!」と憤慨された声は、今も忘れない。
国籍で留学できないなど、馬鹿馬鹿しい話だと、私もそう思う。

しかし、学校側が受け入れてくれないのなら、正規留学は不可能であった。
「日本国籍には絶対にさせない」とお父様は言った。

私は、「アメリカではなく、オーストラリアやニュージーランド、イギリスなら留学は可能です。本人がアメリカにこだわらなければ、留学は可能なんです。どうか、本人と話し合ってみて下さい」と伝えるしかなかった。

しかし本人は、アメリカ以外は行きたくないと譲らない。
お父様も、国籍の変更だけは絶対に許さなかった。

S君は国籍を変えさせてくれないお父様に怒りが向いてしまい、家庭内でお父様と会話をしなくなって行ってしまった。
私はそれとなく、オーストラリア生活がこんなに楽しかった・・などと話してはみたが、本人は全く興味がなく、全てのチャンスはアメリカにあると信じてしまっていたのである。

そうして高校3年生になり、進路を決める時期が来ても、S君は「アメリカの大学に行きたい」夢は変わらなかった。
しかしながら、「アメリカに行けないのなら、英語を続けても無駄」という事で、英会話をやめてしまったのである。

どうにかして、この情熱と英語力を無駄にせず、アメリカ留学させてあげたかったが、結局、私は何も出来ないままに終わった。
彼が最後のレッスンに来た時、私は手紙を渡した。

そこには、S君の情熱と英語力が継続されれば、アメリカに本社や支社を持つ会社に、入社する事は難しくない事。そこで、アメリカで暮らすチャンスが訪れる可能性があるかも知れない事。その時、自信を持って「英語は完璧です」と言えるよう、どうかこのまま英語の勉強だけは続けて欲しい事を綴った。

あれから9年以上が経過した。
彼は今頃、念願のアメリカで、颯爽と歩くビジネスマンをやっているだろうか・・と考える事がある。

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