「子育て支援でベビーシッターや
家事支援を勧めてもニーズがない」
先日の参議院決算委員会での
そんな趣旨の発言を見かけて
少し考えてしまった。
ソースはこちら
制度を作っても
利用率はそこまで高くないらしい。
でも私はそれを「必要とされていない」とは
全然思わない。
むしろ逆で、
必要な人ほど使えていないんじゃないかと思う。
ネックになってるのは
ほとんどが「心理コスト」だ。
家に他人を入れたくない。
部屋を片付けなきゃいけない気がする。
家事を人に頼るのは甘えでは。
知らない人に子どもを預けるのが不安。
たぶん実際の負担より
「頼ることへの抵抗感」の方が大きい。
そして面白いのが
こういう支援への反対意見って
意外と女性側からも多いこと。
「そのくらい自分でやれる」
「子どもには手作りのものを食べさせたい」
「親が家事をする姿を見せるべき」
もちろんそうしたい人はそれでいいと思う。
でも私はその意見は
かなり極端だなとも感じる。
何も全部外注して
一切家事や育児をしない
なんて話じゃない。
毎日3食を完全手作りしなくても
掃除を週1だけ人に頼んでも
数時間シッターさんにお願いするだけでもいい。
そうやって今より少し余白を作るために
使えばいいだけなのに。
日本って家事育児が
「愛情」や「母性」と結びつきすぎているよね。
だから便利になることにすら
罪悪感を抱いてしまう。
仕事では普通に外注するのに
家事になると急に
「自分でやるべき」
になるのも不思議。
資料作成を人に頼むのは合理的。
でも料理や掃除を頼むのは怠慢。
この感覚はかなり日本特有だなと思う。
で、結局その負担の担い手は
ほとんどが女性だ。
私自身、シッターさんや家事代行、
一時保育などかなり使ってきた。
行政の子育て支援のおかげで
手出しはかなり少ない。
限られた富裕層だけの特権ではない。
現状は補助が一部地域に限られてるけど
めちゃめちゃ恵まれてるよね。
それでも最初は抵抗があった。
部屋を見られるのも嫌だったし
「こんなことで頼っていいのかな」
みたいな感覚もあった。
でも一度使ってみると
「なんでもっと早く頼まなかったんだろう」と思う。
数時間子どもを見てもらうだけで
自分の仕事に集中できる。
掃除を頼むだけで余裕ができて
家族に優しくなれる。
そして何より
全部を自分で抱え込まなくていい
と思える気楽さ。
起きもしない万が一のことや
やる前の面倒ばかり考えるんじゃなくて
一回使ってみたらいいのにと思う。
実際やってみると怖いこともなく
思っていたより普通だし
思っていた以上に気が楽になる。
そこで生まれた時間で
何をしよう?どう使おう?って
時間を有効に使えるようになる。
「自分の時間を持つ」って贅沢じゃなくて
自分の人生を生きるために
必要なこと。
機会を放棄するのはもったいないよね。

