先週末、元同僚数名と会う機会があった
それぞれみんな、その職場は退職して
今は別々の勤務先で働いている
勤務先が異なり
住んでいる場所もアチコチに散らばっているため、同じ県内であっても
会える日の設定が難しい
なかなかラチがあかないので、陣頭指揮を取って、やっと今年の4月に10年ぶりくらいに集まる事ができた🎉
会いたかった〜♪
みんな、高まる気持ちを抑えられず
興奮気味だった
先日はその2回目
ありのままの自分を出せる、ってホンットいい
汚い自分も
おかしな自分も
どんな自分も
何にも恐れることなく出せる
お互いがありのままのその人を受け入れる
受け入れる…というか、
それがその人で、そのままでその人なんだ
テーブルでの食事だったけど、
わたしゃ、途中からイスに足を上げて
ほぼ体育座りみたいな格好になってたよ
(初の試みかな!?)
誰も何も言わない。
逆に自分で行儀良くしなさい!だけど
そういう私って、既にってバレてるのね
また昨日は、月1回程度に行ってる腰のメンテナンスだった。
お陰様でそこでも、ありのままの自分でいられる。
受付のお姉さんや院長達と楽に話ができて、症状なども思ってる事を、そのまま伝えられる。楽しく通わせて貰ってます
これを書きながら思い出した
確か小学生1年の頃の話。
従兄弟のお兄さんが時々家に遊びに来ていた。
ある時、お土産に、姉には可愛いぬいぐるみを。
私には、何だったか、ハッキリ覚えてないけど、余り気に入るものではなかったのだ。
お兄さんがトイレに行ったすきに、私は姉が貰ったぬいぐるみを手に取り抱きしめた。
暫くして、お兄さんが部屋に戻ってくると、サッ!と戻して、自分の貰った物に持ち替えた。
お兄さんの顔を見ながら、マズっ!って感じだったから、バレバレだったと思うけど、
こんな小さいうちから、
私は人に不愉快は思いをさせないようにと
気遣っていたようだ。
それは大人になってからもそうで
何となく察する…というか
気を回す…というか
そういうところがある。
それ自体悪いことではないし
それも含めて私なのだけど。
ただその仲間に置いては、
気を回すとか、回さないとか
そんなこと、カンケーない
自然体でいられる事が、本当に有難い
そして、そこに私がいないと成立しない
自分で自分の存在価値を認める事ができる場所
私は、なんて素敵な仲間を得たんだろう
仲間の人柄はもちろんのこと
心の世界に入って、更にマスターコースに通って、人を信じる…ということが、今まで以上にできるようになってきたのかもしれない。
何も飾らず、そのままの自分でいることが、
相手も1番楽でいられるのかも…ということ
親しい人たちだけではなく
日常生活の中で
ありのままの自分を出しても
(小さなバンジー)
意外と大丈夫なんだという経験が積み重なってきた。
私がそうしたいから、そうする。
私はありのままでいればいい、ってこと
♪ありのままの〜姿見せるのよ〜
ありのままの自分になるの〜
何も怖くない
風よ〜吹け〜
少しも寒くないわ♪
うわぁ〜
歌詞もピッタンコで、我ながらビックリした
なにも足さない なにも引かない
ウィスキーと同じ。そのままが美味しい
ウィスキー、飲んだことないけど(笑)
最後まで、お読み頂きありがとうございました♡


